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魔王への道(仮) 第一章『いや、無理だから……色々と』
2011-08-20 Sat 22:09
昨日の続き、ちなみに序章・第一章・第二章・終章という構成です。

~第一章『いや、無理だから……色々と』~


 というわけで馬鹿げた『究極大召喚(オーバー・リミット・サモン)』とやらに巻き込まれた俺は、どうやら一生元の世界に帰ることが出来ないらしい。
 その件に関してはショックを隠し切れなかったが、そこは持ち前のポジティブシンキングで気分を切り替えたから大丈夫だ、問題ない。
 さらに不幸中の幸いか、天涯孤独な身の俺にとって元の世界に心残りもない。おかげで結構気持ちを切り替えるのは楽だったくらいだ。
 ま、だからといって簡単に全てを受け入れるほど、俺は人ができちゃいない。魔王になって魔界を統一することは出来ないが、一人で元の世界に戻る方法を探すくらいは出来るはず……と信じている。

「神は言っている、ここで終わる運命(さだめ)ではないと!」

 だから俺は抗う、ツキに見放されたこの運命に!
 だから俺は走る、己の未来を掴み取るために!!

「何だこの階段は!」

 幾重にもうねりをあげる、怪しげな階段を駆け上り、

「上から来るぞ、気をつけろ!!」

 階段の上から迫り来る多彩な罠を潜り抜け、

「せっかくだから俺はこの赤の扉を選ぶぜ!!!」

 侵入者を惑わす無数の扉の中から、直感だけで正解の道を手繰り寄せる。
 俯いている俺など俺に非ず! 帰る方法がないなら自分で探し出せばいい!!
 俺は己の信念を貫かんと如く、深く入り組んだ洞窟を突き進んだ。

「立ち止まってるわけには行かねえんだよ、男の子はよぉぉぉぉぉぉっ!!」

 俺は明日へと向かってまた一歩、力強く一歩を踏み出した瞬間だった。

『ガコンッ』
「……へ?」

 一歩を踏み出した床のブロックが、丁度一マス分だけ不穏な音を立ててめり込んだ。
 あ、コレって……
 やばいと思った瞬間にはすでに手遅れだった。俺は急に足元が傾いたおかげで前につんのめるような体勢になりながら、この後待ち受ける事態を悟った。
 『罠を踏んづける+前のめりに倒れこむ=』ここまで来たらオチは、ほらね?

 ドゴン!

「ごふっ……です、よね?」

 天井から急速に落下してきた石造りのブロックが脳天を直撃。
 俺は本日何度目かわからないけど、とにかく目の前が真っ暗になっていった。

「嗚呼、目の前にキラキラと綺麗なお星様が回ってる……がくっ」

 意識が深く沈んでいく。
 なんでこの洞窟はこんなにトラップが多いの……?



「ひ、光だ……やっと出口に」

 そんなこんなで、何度九死に一生スペシャルを得たことだろうか? ボロ雑巾に成り下がった体を引きずって、ようやく俺はこのダンジョンっぽい洞窟から生還を果たすことができそうだ。

「しっかし、俺が魔王ねえ」

 魔王だよ、魔王?
 俺がそんなもんになっちまったら、三日もしないうちに魔界が破滅する自信があるね。

『おい、そこのお前、今から魔王になってみないか?』

 ただ、あの言葉に俺は少し引っかかりを覚えていた。
 あの場では明るく振舞っていたが、あの魔道士の本心は一体どうだったんだろうか?

「『魔王になってみないか?』か、なんであいつはあんな事を言ったんだろう?」

 召喚した相手が何らかの力を持っているなら、まあ分からなくもない。だが、あいにくと俺は何の力もない一般人だ。そんな期待に答えることなんて出来やしない。
 だけど、誰だってわかるそんな無理難題にすら縋ろうとした結果が、あの言葉だったならどうだろう?
 それにあの魔道士、なにやら絶対に成し遂げないといけない執念のような気迫を感じがしたから、俺は自分で元の世界に帰る道を探そうとしたんだ。

「思い返せばあいつだって必死にやったことが失敗しちまったんだ、ショックなわけがないよな」

 魔王ってのがどれほど偉いのかは知らないが、普通の魔族が気安く呼び出していいものではないと思う。多分一般人の俺がお国のトップを無理やり呼び出すようなもん……いや、それ以上と考えていいはずだ。
 それってつまり国が国なら死罪ものだろ?

「それほどの覚悟があいつにあったんなら、それを俺なんかの問題で邪魔したくないしな」

 確かに原因はあの魔道士だが、真っ直ぐに自分の信念を持って頑張ってる奴の邪魔はしたくない。だから俺は魔道士とは行動を別にしようと思った。

「なに、魔界と言ってもどういう訳か魔道士と言葉が通じ合っていたんだ、言葉が通じるならきっとなんとかなるだろ」

 気を取り直して洞窟の外へと足を踏み出す。ほら光だってあるし、外に出てみれば案外元の世界と変わらない……

グモオオオオオ! シギャー、シギャー! グオォォォォォォォンッ!

「……」

 俺は華麗な百八十度ターンを決めて再び洞窟の中へと身を潜めた。
 うん、確かに地球じゃねえなこりゃ!

「なんだ、なんなんだよあの奇妙な鳴き声は!?」

 いや、それよりもあの光景だ、おかしすぎるだろ!?
 俺の心臓は張り裂けそうなほど鳴り響き、混乱した頭でもう一度外の様子を眺めた。
 空は赤くて、なんとも不気味な紫色の雲、漆黒に燃える太陽とその隣に浮かぶ白く光る三日月。遠くには先ほど聞こえた声の主と思われる三叉に首の裂けたドラゴンが、それぞれの首から炎や雷や吹雪を吐きながら大空を自由に羽ばたき、地面からは所々に火柱が吹き上がっていた。
 ありとあらゆるモノが地球とかけ離れているこの光景には、さすがに心が折れそうだぜ!

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 俺は漆黒の太陽に向かって吠えた。
 ゴメン、無理! さっきはカッコつけて魔道士の邪魔をしたくないとか言ったけど、コレ無理だから!!
 正直、魔界を甘く見ていた。もうちょっと穏やかな場所を想像してたのに、これじゃあ命がいくつあっても足りないぞ。

「やっと出てきたか。正直、無事出てくるとは思っていなかったから見直したぞ」
「え、なんでお前が?」

 洞窟の出口の岩壁には、先ほど別れたばかりの魔道士が退屈そうに背中を預けて待ち構えていた。
 なぜだ、先に広間を出てそこから駆け足で出口まで駆け抜けた俺より、なぜこいつの方が先に外にいるんだ?
 あ、もしかして気絶している間に抜かれたとかか? くそ、だったら情けないところを見せちまったな。

「ああ、それなら簡単だ。ほら、丁度お前の足元を見ろ」

 俺は魔道士が杖で指した足元に視線を落とす。
 そこには見るからに、何かしらの効果がありそうな六芒星の魔方陣がうっすらと淡い光を放っていた。

「うお、なんだこりゃ。これがどうしたんだ?」
「転移陣(ポータル)だ。あの広間の奥にあった『この陣の対となる陣からここへ移動できる』移動魔法の一種だ。このタイプは一方通行で、帰り道にしか使えないが便利なもんだろ?」
「な……そんな便利なものがあるなら先に言ってくれよ!」
「言う前にさっさと行ってしまったのはどこのどいつだ?」
「うっ……それは」

 俺は先程までの死のアトラクションを思い出し、ドッと力が抜けるように突っ伏した。同時に思い返せば身の毛もよだつ多彩なトラップの数々が、走馬灯のように俺の脳裏を駆け巡る。
 お決まりの落とし穴に始まり、通路を塞ぐほど大きな丸い大岩に追いかけられ、狭い部屋に閉じこめられたと思えば天井から降り注ぐ水攻めにあい、底の見えない暗闇の上をターザンジャンプで飛び石したり、落盤が降り注ぐ通路を死に物狂いで駆け抜けたかと思えば、突然足元や壁から槍が飛び出てくる通路に迷い込んだりもしたっけ?

「はは、そんな……あの生死をかけた大脱出劇はただの徒労でしかなかったのか?」

 はあ、そりゃないぜ……

「どうだ、魔界で一人やって行くなんて無理だと分かっただろ?」
「まだまだと言いたいところだが、素直に無理だと認めておくよ。はっきり言って一人で魔界をうろついていたらなにが起きるかも想像つかないし」

 俺は両手を上げて降参の意を伝える。これ以上意地を張っても仕方がない、主に俺の命が。
 いや、元々俺が勝手にひとり突っ走った結果がこれなんだけどね。一人でどうにかなるならそれに越したことはないが、どうやら無理っぽいから素直に好意に甘えよう。

「安心しろ、ボクがお前を元の世界に戻す方法を探してやる」
「だけど、お前だってやることがあるんだろ? すぐにでも魔王って存在が必要なんだろ?」
「うむ、確かにそれは急務だが、お前を呼び出してしまったのはボクの失態だ。巻き込まれてしまったお前の面倒をみる責任がある」

 なんというか『不器用なくらい真っ直ぐなヤツ』というのが、俺の魔道士に対する第一印象だった。
 自分のミスは必ず自分で補おうとする性格は嫌いではないが、こいつはどうにも一番の大事は自分一人で背負ってしまうタイプに見えた。
 そういうタイプは厄介だ。言い出したら聞かないし、背負いすぎて潰れてしまいやすい人間が多いからだ。
 俺にとってそういうタイプは見ていて一番、辛い。

「……はあ、わかった。お前の世話になる」
「ああ、素直にそうしておくがいいぞ。魔界はそんなに甘くない、森の中で死ぬまでさ迷い続けるか、魔界の生物に一瞬にして骨にされるのが関の山だ」
「それ、脅しじゃ無さそうだから怖いぞ」
「はは、そうだろ。実際慣れない土地に入り込んだ者が、そうなる事なんて珍しくない。魔界とはそういう場所だ」

 魔道士にとっては軽い笑い話なんだろうが、正直俺にとっては笑えない話なだけあって、思わず身震いをしてしまう。

「だが一方的に世話になるのは俺の主義に反する。お前が魔王の召喚をするために必要なことがあれば俺も手伝わせてもらうぜ」
「いいのか? だったら……」
「だが、さっきも言ったが俺は魔王にはならないぞ? はっきり言って魔界の光景を見ただけで震え上がっちまうくらいだ、俺には到底無理な話だ」

 コイツの一番の望みを叶えて楽にしてやることはできないが、横でさり気なく手伝うくらいは出来ると思う。どうせ途方も無い目的だ、だったらせっかく知り合った縁を大事にしてみるのもいいだろう。

「むう、わかった。お前がそこまで言うなら仕方ない」

 魔道士が残念そうな声で言うが、これだけは簡単に頷けない。そんな軽い気持ちで受けることが出来るほど小さな問題でもないし、何より俺は責任の取れない嘘はつきたくなかったから。

「だが協力には感謝する。今は少しでも多くの人手が欲しいから助かるぞ」
「ああ、じゃあしばらくの間は頼んだぜ」

 協力体制となった俺達は、その証としてお互いの手をとった。魔道士もしっかりと手を握り返してくれたということは、俺程度の申し出でも少しは力に慣れることがあるんだろう。
 そんなに難しくない手伝いくらいならば俺にだって出来るだろうし、右も左もわからない魔界初心者の俺にとっては仲間がいるのは心強かった。

「それにしても小さいな……」
「ん? なにか言ったか?」
「いや、独り言だから気にしないでくれ」
「ふむ? まあ、それならいいが」

 俺は魔道士と握った手を見つめ直す。その手はとても小さく、今にも崩れてしまいそうなほど脆く見えた。
 きっとこいつはこの小さななりで、この小さな背中で、きっと計り知れないほど大きなモンを背負っているんだろうな。

「……」

 そんな魔道士の姿を見て、少しだけ昔の自分の姿が重なった気がする。もしかしたら俺は、コイツと少し似ているのかもしれないと、少しだけ思った。

「それではそろそろ行くか、ボサッとしていると日も暮れてしまうからな」
「ん、ああ。でも行くって何処へ?」
「麓までいけば小さな村がある。今晩はそこに泊まって今後の動向を決めよう」
「了解。んじゃ道案内は任せたぜ」
「ああ、少し危険だが心してついて来るんだぞ」
「……え?」

 再びあの悪夢のような脱出劇を思い出す。それは俺にとって再三つきつけられた死刑宣告にも取れるような残酷な言葉だった。
 俺の身体からは血の気が失せ、抱えたトラウマが蘇るかのごとく身体が小さく震え始めた。

「ままさか……村まで行くにもあんな危険を道があるとか言うんじゃないだろうな?」
「ははは、冗談だ。少しからかってみたくてな」

 俺の顔が青くなるほどのビビりっぷりを見て、カラカラと呑気に笑う魔道士。んだよ、コイツもこういう冗談も言えるのかよ。
 だが、冗談を言うタイミングは読んでほしいぜ……震えた身体がなかなか収まらないじゃねえか。

「はぁ……そういう冗談はよしてくれよな。一瞬スゲービビって損したぜ」
「すまんな、だが野生動物とかに出会う可能性はあるからな。頼むから一瞬でパニックに陥るのは避けてくれよ」
「お、おう。心構えはしておく」
「そうか、ならば行くぞ。なに、のんびり歩いても日暮れ前には着くだろう」

 俺は一人で歩き出す魔道士の後を慌てて追う。こんなところで一人置いてけぼりにされたらたまらない。魔道士のすぐ隣についた俺は、おっかなびっくりと視線を左右へと彷徨わせる。
 今俺達が歩くのは岩壁に囲まれた薄暗い山道が麓まで真っ直ぐのび、その先に広がる不気味な木々の生い茂る林道へとつながっている。
 どうか恐ろしい化物じみた生き物とかには遭遇しませんように……特にさっき見た三叉のドラゴンらしきモンスターに出会ったりしたらそれこそバッドエンド一直線だぞ。

『ムギュッ』

 出来ることなら避けて通りたかった林道へと入る直前。魔道士の背中ばかり見ていたおかげで足元がお留守になっていた俺は、そこにあったゴム状の何かを踏んづけたような妙な感触に、視線を下ろす。

「ん、なんか踏んづけたかな?」

 そこには鮮やかな黄緑色をした、人の腕くらいの太さをもった長細い物体が落ちていた。

「なんだこれ? うお、ちょっと動いたぞ!?」

 生き物なのか、俺の足の下にあるそれはもぞもぞと右へ左へ蠢いていて、なにやら透明の液体が滲み出てきている。見たところ危険はなさそうだが、その奇妙な動きは少し不気味すぎる。

「なんだこれ、気持ち悪ぃな……生き物か?」
「ああ、そう言えば忘れていた。この辺の地域には数種類の肉食植物が生息しているから気をつけてくれ。特にヤテベオという獰猛な種には注意が必要だ」
「なんだよそれ、メチャクチャ不安な単語が聞こえたが……一体どうやって気をつけるんだよ?」
「なに、ヤテベオは特徴的な黄緑色の蔦を地面に垂らしていて、獲物がその蔦を踏みつけるのをじっと待っているんだ。まあ他の植物と比べて目立つくらい太い蔦だからな、気を付けていれば問題はないと思う」
「へえ……ん、それって」

 魔道士の話を聞いて、改めて下を見る。黄緑色で、他の植物と比べて目立つくらい太い蔦を地面に垂らして……あれ?
 その不思議な違和感に、俺は思わず首をかしげた。

「ちなみにその蔦を踏んづけちまうとどうなるんだ?」
「その蔦には強力な粘着性の液体を分泌する性質があってだな、その液体で相手が逃げられないようにするんだ。そして、逃げることの出来ない獲物をゆっくりと蔦で締め上げて息の根を止め、最後に隠れている本体で獲物を食べるんだ」

 そっと足を上げようとするが、ネバネバした液体のせいで足を離すことが出来ない。おまけに先程から左右に蠢いていた蔦が、俺の足を絡めとるように巻き付き始めていた。
 ……えーと、もしかしてこれは?

「なあ、そのヤテベオってのはもしかしてこれか?」

 俺は視線で足元を指す。

「ん? どれどれ……」

 魔道士も俺の視線につられて俺の足元に視線を移した。

「ああ、それだ。それがヤテベオだ」
「あ、やっぱり?」
「……」
「……」

 お互い、思わず言葉を失って沈黙。
 沈黙、沈黙、沈黙……その間にも膝の辺りまで絡みついたヤテベオの蔓はまるで蛇のようにうねりながら、さらに膝上目指してニョロニョロうねうね。
 ああ、なんか少しやばそうな予感がひしひしと……

「って、お前はなんで早速踏みつけているのだ! 気を付けろとたった今説明したばかりだろ!?」
「言うのが遅ぇよ! 踏んづけた瞬間思い出したかのように説明し始めやがって!!」

 それ見たことか、やっぱりビンゴだよ!
 数秒かけてやっと事態を飲み込んだかと思えば、二人して大慌て。魔界に来てから何度目か分からないくらいの死亡フラグ発生に、もういい加減慣れてきそうだぜチクショウ!!

「とにかくボクが本体を探して倒してくるから、それまで絞め殺されないように頑張るんだぞ!」
「こんなにしっかり絡みついているのにどうやって頑張るんだよ!?」

 慌てている間にも蔦は着実と俺の体に絡みつき、すでに腰元まで強い締め付けを受けていた。
 つーか痛ぇ! マジ背骨ごとへし折られそうなんだけど!?
 何処にそんな力があるのか分からないくらい強い締め付けに、次第に体中の血液の循環も悪くなって、だんだんと血の気が失せていく。

「ギブギブギブ! マジ痛いってこれ、やばいって!!」
「ええい、世話のやけるヤツだな!」

 悪態をつきながら魔道士は本体が隠れているであろう林の中へ駆け出す。
 胸元まで這い上がる蔦の締め付けで徐々に意識が朦朧となり、次第に視界は狭まっていって目の前がチカチカと点滅を始める。

「まさか……植物ごときでこんな目に遭うとか……魔界、恐るべし」

 なんだか川のせせらぎが聞こえてきたぞ……ん、あれは?
 はは、川の向こう岸に居るのは親父と二年前に死んだ爺ちゃんだ。二人ともこっちを向いて手をふっている気がするぞ……

「おい、ヤテベオを倒してきたぞ、これでもう大丈夫だ」
「あはは、みんなが川の向こうで待っている……行かなくちゃ」
「ええい、その川は渡っちゃダメだ! 早く帰ってくるんだ!!」



「さあ着いたぞ」
「ああ……やっと着いたか」

 ようやく足を停めた魔道士の言葉に、俺は木の枝を杖にしながらフラフラとした足取りでその場にへたれ込み、安堵の息を付く。あれからも数回死にかけた俺は、やっとの思いで安全な場所にたどり着くことが出来たようだ。
 って、あれ? なんかこの光景デジャヴ?
 どうやらここは魔族の集落らしい。入場の際に、一つ目で巨大な体躯のいかにもって感じの守衛に守られた門前で軽い審査のようなものを受けたときは震えそうになったが、どうやら向こうは俺に危害を加えるつもりは一切無く、逆に魔道士と世間話で軽く盛り上がるような気さくな人達(?)であった。

「全く情けないな、あれくらい魔界では日常茶飯事だぞ?」
「情けないってね、こちとら人間だぞ! 俺の世界ではあんな危険な目に遭うなんてことは、まずあり得ないぞ……」

 だってね、この世界の動植物って怖いんだよ?
 道を歩いているといきなり足に蔓が絡まったと思えば、そのまま巨大な肉食植物の中に引きずり込まれかけたりすること数回から始まり。突然空から火の玉や氷の塊が降ってきたり、挙句の果てにゾンビやスケルトンに追いかけられるとかさ。
 元の世界じゃ考えられないイベントの数々だ。こりゃ魔道士がいなけりゃ十回は死んでたぞ、マジで。
 なにより一番印象深いのはヤテベオだった。あいつの恐怖だけは、しかと俺の脳裏に刻まれた……

「おや、旅の方ですかね?」

 突然かけられた声に、思わず身構えてしまう。そして俺の脳は体中に大警報を鳴らす『今度は何事だ!?』と。
 振り向けば、そこには赤色の肌で尖った耳を除けば人間とは大して変わらない、集落の住人らしき人(?)が立っていた。

「ああ、この村で一晩過ごそうと思っている旅の者だ。すまないが宿屋の場所など教えてくれないか?」

 魔道士が平然と対応している中、俺はその魔界の住人を観察する。少し背中の曲がった体を杖で支え、深く刻まれた皺を見る限りかなり老齢な人なんだろうか?
 だが、その初めての住人であるこの老人は、そのちょっと怖そうな姿と裏腹に穏やかな顔つきで全く邪気がなく、親しみやすそうな温かい空気をまとっていた。
 なんか拍子抜けだな……てっきり住人も凶悪な魔族をイメージしてたんだけど。それこそ漫画とかでよく見る、凶悪な笑みを浮かべて襲いかかってくる悪魔っぽいヤツとかさ。

「ではいい場所を知っているので案内しましょう。ささっ、こちらですぞ」
「そうか、ならば案内を頼む」
「うむ、任されましたぞ」

 自ら案内を買ってくれた老人の後に続く。
 何気なく周りに目を向けてみると、やはり人間である俺が珍しいのか、様々な視線が突き刺さる。だが、その視線のどれもが物珍しいものを見るような好奇心に満ちたものばかりで、冷たい視線を投げかける者は一人もいなかった。
 なんか人間味さえ感じられる村だな。先程までの死地を駆けていた光景がまるで嘘のようだ。
 それに村だって平和そのものと言ってもいいだろう。RPGの最初の方の村を連想させるような木造の平屋が建ち並び、質素ながらも穏やかな生活感。軒を連ねる店では見たことのない食材や道具こそ置いているものの、道行く住人は普通に買い物をしたり、店員と世間話をしていたり、数人の子どもが元気に遊びまわっている姿もあった。
 それはまるで映画の中で見た昭和時代の温かな町並みのような風景を錯覚させた。

「ただまあ、似てると言っても住人の見た目を除けば、だな」
「ん? なにか言ったか」
「いや、なんでもない」

 やはり案内をしてくれている老人同様、どこもかしこも見慣れない姿をした住人ばかりでどうにも落ち着かない。
 爬虫類のような肌に角や尻尾が生えたリザードマンのような者もいれば、見た目が人間そっくりだが背中に大きな翼の生えた翼人、大きな目玉に一本足の姿をした者もいれば、人型のスライムのような軟体生物っぽい者までいたりする。
 右を見ても左を見てもRPGでいう魔物のような姿形をした住人ばかりで、正直驚かされっぱなしだ。
 だが、その住人は全て意思を持ち、会話をし、皆が平和で穏やかな生活を営んでいるのがよく分かった。そういう点ではなんか安心するというか、拍子抜けするというか。
 ただ、俺が今まで漫画やゲームで得たイメージはことごとく塗り潰されていく感じではあった。

「そういえば自己紹介がまだじゃったな。ワシはこのクリム村の村長を努めておるセキじゃ。改めまして歓迎しますぞ旅人殿よ」
「ボクは旅の呪文使い(スペルマスター)だ。訳あって名前は名乗ることが出来ないが許して欲しい」
「なに、よくあることですから気になさらんでくだされ。して、そちらのお連れさんは……」
「ああ、彼はボクが召喚した人間だ。先ほど召喚したばかりで何かとこちらには不慣れなものだから、もし無礼があったら許して欲しい」

 周りにばかり気を取られていたが、いつの間にか魔道士が俺の紹介を行っていたので慌てて視線を戻す。

「なるほど、わかりましたぞ。人間殿、魔界はいかがですかな?」
「えっと、なんというか……俺が住んでいた世界とは全く勝手が違っていて、正直驚いて戸惑うことばかりだ」

 急に話を振られたせいで、咄嗟に本音で返してしまう。

「ほっほ、そうでしょう。しかし村の中まで危険が及ぶことはないので安心してくだされ」
「ああ、そうさせてもらうよ。正直今日は色々あってもうクタクタなんだ」

 村長さんの笑いにつられ、俺も自然と気が楽になっていた。
 なんだかいいな、こういう雰囲気って。

「しかし呪文使い殿は見た感じまだお若いのに、召喚者の資格までお持ちとはとは。恐れ入りますな」
「む……まあそう、だな」
「さぞかし過酷な修練を積んだことなんでしょう」
「……ああ、そうだな」

 村長の問い掛けに魔道士は答えづらそうに言葉をつまらせ、顔もどこか俯き加減に見えた。
 なんだろう、答えづらい事でもあるのかな? まあ、立ち入ったことは分からないが、こういう時は……

「ところで村長さん、案内してくれる宿屋の料理ってうまいのかい? 俺は魔界の料理が初めてだから楽しみにしているんだけど」
「おお、そうでしたか。ウチはこんな小さな村ですが、新鮮な材料を取り揃えておりますし、亭主の料理の腕もちょっとしたものですぞ」
「ホントですか、そりゃ楽しみだ」

 実はこれは本当に楽しみだったりする。初めての世界で、初めての食材、初めての調理法の料理が食べられるとなると誰だって多少の期待はするだろ?
 おまけにここは漫画やゲームでもなかなか体験できない魔界という異世界だ。どんな変わった料理が食べられるか期待しないほうが嘘だろう。

「ほっほ、楽しみにしていてくだされ……と、着きましたぞ」

 村長さんが足を止めた先には簡素ながらもどこか温かみのある木造の建物が建っていた。
 周りの建物もそうだが、この村では木造の家造りが主流なのだろうか?

「ワシの娘夫婦が経営している『黒釜亭』です。大陸の外れにある小さな村なのでたいしたおもてなし出来ませんが、どうぞご寛ぎくだされ」

 村長さんに歓迎されつつ軒をくぐる。

「おお、すげー。いかにも宿屋って感じだな」
「ほお、なかなかいい宿だな。気に入ったぞ」
「ほっほ、ありがとうございます。今宿の者を呼んできますから」
「ああ、よろしく頼む」

 村長さんはそのまま建物の奥に入り、残された俺達は建物の中を見渡した。
 入口の正面にはカウンターがあり、左手には六人がけの木製の長テーブルが三つと壁際には暖炉がある。おそらく食堂兼談話スペースといったところだろう。
 そこにはすでに数人の客が、飲み物片手に盛り上がっていた。

「外に比べて平和そうな村だな。魔界ってのはどこもこんな感じなのか?」
「そうだな、多少差異はあるものの元は平和な世界ではあったぞ」

 魔道士がどこか懐かしむように、過去形で話したというのはもう平和ではないということなんだろうか?
 そういえば魔界を統べる魔王が必要とか言ってたし、もしかしたら今の魔界は大事に巻き込まれていたりするのかな。その辺あとで魔道士から詳しく聞いとかなくちゃいけないな、何も知らずに大事に巻き込まれるのはさすがに御免だ。

「しっかし、村の外に一歩出れば猛獣ばかりなのに、どうして村の中は安全そうなんだ?」

 俺の不安要素はそこだった。もしも日常的に、外にいたあの恐ろしい野生の魔物やらが襲いかかってきたらと思うと、おちおち休むことも出来なくなりそうだからな。

「ああ、それはこういう集落には必ず結界が張ってあるからだ。結界と言っても高度なものではなく、魔物が近づかないようにする呪(まじな)いのようなものだけどな」
「へー、そりゃすげえ。やっぱりなんでもありなんだな」

 子供の頃からこの手の世界でなぜ村というものが存続できているのか気になっていたが、確かに何でもありな世界だからこそ、逆にこういう防衛策も何でもありってわけか。

「そもそも、魔族が集まる場所にわざわざ襲いかかる魔物なんていないからな」
「確かに、それは納得だわ」

 そう言えば元の世界でもそうだったな。よほど人の手の入っていない田舎でなければ、そうそう野生動物なんてお目にかかることなんて出来ないからな。

「お待たせしました、私がこの『黒釜亭』の亭主のレットです。小さな宿ですが今晩はゆっくりお寛ぎください」

 宿の奥から村長さんと一緒に出てきたのは、額に立派な角を二本生やした、まるでドラゴンを人型にしたかのような姿の人だった。
 なるほど、村長さんの娘夫婦と聞いていたから似た姿なのかと思っていたが、どうやらここでは異種族婚約というのもあるようだ。

「ああ、世話になるぞ」
「では手続きはこちらでお願いします」
「ボクは手続きを済ませてくるから、お前は適当に村を見てくるといい」
「ああ、そうさせてもらう」

 先程から興味津々に村を見ていた俺に気を利かせてくれたのか、俺は素直に魔道士の言葉に甘えることにした。
 実は結構気になっていたんだよな。この世界の住人の暮らしぶりとか、あと売り物とか面白そうな物がいっぱいあったし。

「そうだ、夕飯の時間までには戻ってこないと食いっぱぐれるから気をつけるんだぞ」
「おう、わかった。んじゃ行ってくるわ」

 すでに呑気な旅行気分になっていた俺は、魔道士と別れて宿の外へと出た。

「さて、どこに行こうかな」

 見上げた空は相変わらず不気味に赤くて、白く光る三日月が沈みかけているせいか、徐々に薄暗さも感じる。
 こっちではあの三日月が太陽の代わりなんだろう、ならばアレを目印にして暗くなる前に戻ればいいかな。

「とりあえず店を見に行こう。なんかいろんな物があったからスゲー気になっていたんだよな」

 見たことのない食べ物もさることながら、俺が一番興味をそそられたものはもちろん武器だ。
 男の子なら誰もが一度は憧れる、壮大な冒険譚に必要不可欠な武器。俺は先ほど前を通りかかった店の中に、いかにも武器屋っぽい品揃えの店舗があったことを欠かさずチェックしていた。

「やっぱ基本は剣だよな!」

 やはりオーソドックスでありながらも多種に派生を持ち、一般的にもよく使われる人気の武器といったら剣しかない。
 剣と言っても一口に片手剣(ショートソード)、短剣(ダガー)、突剣(レイピア)、二刀剣(ツインソード)、両剣(ダブルセイバー)と様々な種類があるが、やはり俺としては大剣、もしくは両手剣と呼ばれるトゥーハンデッドソードだろう。男の子なら誰もが一度くらいは、身長ほどもある大振りの剣を持って戦場を駆け回る自分の姿を想像しているに違いない。

「他にも槍や斧、弓とかもあれば見てみたいな」
「……ねえ」

 今はまだ手に取ることは叶わずとも、こんな世界にいるんだから一度はそういった武器を持って戦ってみたいものだ。
 ま、実際そんな武器を操れるとは別だけどな。

「さて、日が暮れない内に―――」
「ねえってば、聞いてるの!」
「……ん?」

 声のした方を振り返れば、そこには俺の腰ほどくらいの小さな子供が、なぜか目を輝かせながら俺を見上げていた。
 誰だ、この子供は?

「どうしたんだい、俺になんか用かな?」

 俺は少し屈みこんで、目の前の子供に視線を合わせながら尋ねる。

「ねえ、ウチから出てきたってことは、みんなが噂してた人間の旅人って兄ちゃんのことなのか!」

 ウチから出てきたってことは、この子は宿屋の子なのかな?
 まだ角は短いものの、どことなくドラゴンっぽさをもった風貌は亭主さんと似ている気がするし、言われてみればそうなのかもしれない。

「ああそうだけど、キミは?」
「やっぱり! オイラはコウ。家はそこの『黒釜亭』で、村長の孫なんだぜ!」

 コウと名乗った少年は、俺がお目当ての人間だと知るとなぜか一層目を輝かせ始めた。
 やはり魔界では俺のようなどこにでも居る一般人でも、人間というだけでもの珍しいんだろう。コウの様子を見る限り、有名人に出会った子供といった反応だ。

「なるほど。で、コウは俺になんか用があるのかな?」
「あのさ、兄ちゃんってやっぱり天界軍を魔界から追い出すために召喚されたんだろ? オイラ知ってるんだぜ、大昔に起きた魔界と天界の戦争をたった一人の人間が収めたって伝承を!」
「……はい?」

 コウの言葉に俺は首を傾げる。
 俺が天界軍を追い出す? 一体何のこと?

「さっき一緒にいた呪文使い様が魔界を救うために兄ちゃんを召喚したんだろ?」
「まあ、そこは間違いないな……確かに俺はあいつに召喚されたわけだし」
「じゃあやっぱり! 兄ちゃんスゲー強いんだろ!?」
「いや、そんな事ないと思うぞ……うん、多分コウが期待してるほど強くはないと思うぞ」

 どうやらコウはとんでもない思い違いをしているようだ。
 確かにずっとバイト漬けの生活を送っていたから体力はある方だし、昔は悪の秘密結社の幹部になりたいという夢があったおかげで体も鍛えていた。だから喧嘩となればそこそこやれそうだが、それはあくまで世間一般的な人間の喧嘩だ。コウの言っている強さとは多分かけ離れているだろう。

「嘘だー」
「いやいや、ホントだって。元の世界ではただの人間だったんだぜ?」

 大昔に俺と同じように魔界に召喚され、魔界を救った人間がいたらしいということはよく分かった。そしてコウはその人間と俺を重ねているようだ。
 いや、その人間がどんな人か知らないけど、俺には無理だろ常識的に考えて?
 だってさっき、ヤテベオにあっさり絞め殺されそうになってたんだよ? 魔道士がどういうつもりで『究極大召喚』を行ったのかは知らないが、そもそも俺がこの魔界にいる理由自体ただの失敗だというのに……

「隠さなくていいんだぜ、その伝承の人間も召喚されて魔界にやってきたって話だし、きっと兄ちゃんその人間と同じ力を持ってるんだろ?」
「いや、多分そんな力は俺にない。何度も言うけど俺は普通の人間だったんだぞ? もしコウが俺と同じ年になったら、多分コウのほうが強くなるんじゃないかな?」

 見た感じの想像だが、きっとコウは活発で野山を元気に駆け回るタイプの子供だろう。手足にある小さな切り傷は、まさに森の中で遊びまわったときに草木で切ったという感じだ。
 ならばこの過酷な環境で成長していく分、コウのほうがたくましく育つのは目に見えて明らかだ。あと、人間と魔族という種族の差も大きいだろう。

「えー、そうなのか。ちぇっ、せっかく期待してたのに」
「はは、すまないな」

 俺の答えが満足行かなかったのか、コウは頬を膨らませて不貞腐れてしまった。
 その反応がまたやんちゃな子供っぽさを連想させ、俺は思わず苦笑いを浮かべる。

「じゃあ兄ちゃんは何者なんだよ? 召喚されて魔界に来たってことは、代わりになんか凄いこと出来るんだろ?」
「んー……そう言われてもな」

 強いて言えば一般人? それとも学生? でもそれだとなんか違うな、間違っちゃいないが格好もつかないし。
 うーん……ああ、そうだ!

「俺は……そうだな、さしずめ悪の秘密結社の大幹部ってところかな?」

 まあ子供相手なんだし、このくらいの冗談は許されるだろう。

「なんだその『あくのひみつけっしゃ』って?」
「俺の世界のテレビ番組……物語みたいな物の中に登場する組織なんだ。彼らは様々な怪人を作り出しては人々を襲わせる、目的は様々だが世界征服というのが一般的だな」
「世界征服って、兄ちゃんは悪者なのか? まさか天界からのスパイとかいうんじゃないだろうな!」
「ははは、違う違う。確かに世界征服といえば聞こえが悪いけど、俺が目指す悪の秘密結社はちょっと違うんだな」

 まあ、急にこんな話をされたら誰だって驚くよな。
 そもそも、俺だってこんな話を人にするのは初めてなんだから。

「俺の元居た世界の人間ってさ、困った人に手を差し伸べたり、弱き人を守ったり、人と人が手と手を取り合ったりする、そんな当たり前のことが出来る人間が凄く少なかったんだ。それどころかその人の生活状況や生まれた境遇だけで人を判断して爪弾きにしたり、弱い人間をとことん追い詰める人間、つまらない理由でいがみ合う人間、同じ国の中でさえ自分の利益にしか目がなくて足を引っ張り合う人間、そんな人間がゴロゴロといた。そういう人間ばかりが得をするような世界になっちまってたんだ」

 それは金や権力に限った話ではない。
 どんな小さなコミュニティにも必ず存在する妬み、疎み、差別、人が人を陥れるのに理由なんて無いに等しい。強者の価値観、または大勢の凝り固まった価値観だけで物事を判断する世界。
 そこに反する者や、異を唱える者は異端者として見せしめに吊るし上げられ、弱った者にはハイエナのように群がる亡者たち。

「俺はそういう世界が大嫌いでさ、いつか世界を変えてみたいと思ってたんだ」

 そんな腐りきった世界を俺は許せなかった。

「なあコウ、そんな世界を変える方法ってなんだと思う? 同じ世界に住む全ての人間が一つになるにはどうすればいいと思う?」
「オイラそんな難しい話よく分からないよ」
「確かに難しいかもな。でも、俺はそんな中である一つの結論に達したんだ。それが『必要悪』という存在だ」
「『ひつようあく』?」
「要するに世界中を混乱に貶める存在が現れ、世界が一丸で協力しないと立ち向かえない状況を作ればいいだけさ。そうすることによって人は初めて全てを投げ捨てて、本当の意味で手を取り合うことが出来ると俺は思っている」

 現に各地で大規模な自然災害が発生すれば、その国は総力を上げて復興に取り組む。周りの国もその国に様々な支援を送って手助けをしたりもする。
 だから俺はそれら腐りきった秩序をぶち壊す力を欲した。全てのしがらみをぶち壊し、また一から再スタートさせるだけの破壊を夢見た。

「んー、兄ちゃんが言ってること難しくて全然分かんねーよ?」
「そうだな……どう説明したものか」

 ま、これは所詮子供の夢物語でしかないからな。よくある漫画やゲームに影響されて、自分にも何かできるのではと思えてしまう思春期時代特有のアレだ。
 結局現実を知った俺は全部諦めちまって、残ったのは趣味としての『特撮戦隊ヒーロー番組』の鑑賞くらいなもんだ。

「コウはさっき天界軍を追い出すとか言ってたけど、今魔界は天界と戦争をしているのか?」
「ああ、アイツらはずっと守られてきた『ふかしんじょうやく』ってヤツを一方的に破って魔界へ攻め込んできたって、大人はみんなそう言ってるぜ」
「なるほど。じゃあさ、その時魔界はどんな反応を見せた? 大人しく、無抵抗に侵略を受け続けていたか?」
「そんな事あるもんか! ちゃんと戦ったんだぞ、それこそ魔界のいろんな所から軍隊を集めて!」

 当然そうだろう。魔界にだって俺の住んでいた世界の人間と同じ考えの者は少なくないはずだ。
 だがどんな者だろうが自分の領地を襲われて無抵抗な者はいない。どんなにいがみ合っていても共通の敵が現れれば誰もが協力できる、己の地位と生活を守るために。

「俺が言いたいのはそういう事さ」
「あ……でも、天界の奴らはそんなつもりじゃいんだぞ。あいつらは無理やり魔界に押し入って、たくさんの魔族が死んじゃったんだぞ……」
「ああ、そうさ。だからやり方を間違えればそれは本当の悪になってしまう。だから力の使いどころは見極めなくちゃいけない」

 無闇に傷つけるのではなく、痛みとしての教訓に残らなければ意味が無い。
 だからこそそれは難しく、何の力も持たない俺にはなし得ることの出来ない大きすぎる目標だった。

「それにそういう敵がすでにいるなら、俺は違うものを目指してみるってのもいいかもな」
「違うものって?」
「うーん、特に考えたことがなかったけど、逆に魔界を一つにする存在とかか?」

 例えばそれこそ戦隊物のヒーローとかどうだろうか? 颯爽と魔界を救う英雄みたいな感じで……って、なんか違うな。
 自分で考えていて虚しくなる。んなこと出来るくらいなら、そもそも初めからこんな憧れを持たないし、諦めたりもしないっての。

「そうか、魔王様だな! 兄ちゃんは魔王様になるのか!?」
「魔王?」
「兄ちゃん知らないのか? 魔王様ってのはな、魔界の王様でスゲー強いんだぞ! それにたくさんの家来を引き連れて天界の奴らと真っ先に戦いに挑んだんだぜ!」
「へえ、そいつはすごいな。でも、天界の奴らは追い返せなかったのか?」
「うん、あいつらは卑怯な罠を使って魔王様を罠に嵌めて……それで、それで」

 確かに敵としては真っ先に倒すべき頭が出てきたんだ。
 何としても叩きたいところだったんだろうが、それにしても罠に嵌めるとはやり口が汚い話だな。

「魔王様が死んじゃった後は魔界の軍勢もボロボロで、あっという間に魔界の半分を天界の奴らに奪われちゃったんだ」
「なるほど、それで魔王だったのか」

 魔道士の目的が分かった気がした。
 いくら力を蓄えようが、それを纏めて指揮する者がいない軍に力はない。だからまずは魔界を一つにするための存在、魔王を必要としていたわけだ。
 こんなに小さな子供ですら尊敬の意を込める、前魔王を越える存在が必要となるわけか。

「って、やっぱり俺に出来るようなことじゃないじゃねえか……」

 結局のところ問題はそこに戻ってきちまうってわけか。今魔界に足りないものは民を導く絶対的なカリスマを持つ存在というわけだ。
 だが、そんな存在が果たして魔界に残っているのだろうか?

「まったく、何のために俺は魔界に召喚されちまったんだろうな」

 魔道士には申し訳ないが、この件で俺が手伝えることは本当に少なそうだ。せめて魔王に縁のある人物でも残っていたら話は別なんだろうけど……その辺どうなんだろう?
 あとで魔道士にでも聞いてみるかな。

「さて、そろそろ帰るか。コウも夕飯だろ?」

 いつの間にか三日月は沈み、先程まで漆黒と思われていた太陽が、うっすらと淡い光で夜の帳を照らしていた。
 しっかし、昼間は真っ黒の太陽が夜の間だけ淡く光るとはどういう仕組みなんだろうか? 全く魔界に来てから何から何まで事あるごとに驚かされっぱなしで、ホント興味が尽きないな。

「うん、兄ちゃん今日はありがとな!」
「俺の方こそありがとな、コウのおかげで魔界の事情ってヤツがちょっと分かったよ」

 コウは満足そうな笑みを浮かべて俺に礼を言ってくる。その無邪気な笑顔はやはり俺の知っている子供の笑顔だ。
 こういう所は俺のいた世界と何ら変わらない。やはり種族に差はあっても、本質的なものはどこも一緒なんだろう。

「そう言えば兄ちゃんはどこかに行こうとしてたんじゃないのか? オイラのせいで行けなくなったんじゃないのかな、ごめんよ」
「……ああ! 武器屋を見に行くの忘れてた!?」

 俺としたことが、すっかり話に夢中になっててすっかり忘れていたじゃないか! ああ、俺の剣が、俺の両手剣(トゥーハンデットソード)が……俺の若かりし日の憧れが!
 一度でいいから手に持ってみたかったのに。仕方ない、また別の機会までおあずけか。
 ショボーン……



「なあ、この魔界について色々と教えてくれないか?」
「どうしたんだ、藪から棒に?」

 あの後すぐにコウと別れてから宿屋に戻った俺は魔道士と落ち合い、そのまま食堂にある長テーブルの一角を陣取ってのんびりと夕飯を待っている最中だ。
 ちなみにこの食堂は村の酒場の役割も兼ねているらしく、周りでは酒盛りにやってきた村の男衆が一足先に盛り上がり、結構な賑わいを見せている。そのため旅人の俺達が、食堂の隅でこそこそ話をしている事を気にかける者など一人もいないといった様子だった。

「いや、俺もお前の手伝いをするといった手前、何も知らないままだったらなにかと不便だと思って」
「なるほど、それもそうだな」

 ふむ、と納得しながら魔道士は先に出されていた飲み物に口を付ける。
 これはグラペという果実を乾燥させて淹れた、インフェル地方特有のお茶らしい。俺も先ほど飲んだが、赤みの強い透明の液体からは紅茶のような香りが漂い、葡萄のような甘みとすっきりとしたミントのような味わいの変わった飲み物だった。

「さて、どこから話したらいいものか」
「今、魔界は天界と戦争をしているんだろ? その辺のことを教えて欲しいんだ」
「なるほど、それを知っているなら話は早いな。始まりは二年前だ―――」

 魔道士が静かに語りだしたのは、今なお続いている魔界と天界の戦争の全貌。
 大昔に起きた魔界と天界の大戦争(これはコウから聞いた伝承の事を指していたらしい)、その時の痛みを教訓とした両界は同じ過ちを犯さないよう、互いの世界に一切の干渉を加えない『天魔不可侵条約』というものを結んで終結したらしい。そこから数千年もの間、両界では大きな争いが起きることはなかったという。

「実際、小さないざこざは何度かあったみたいだが、魔王と神の尽力もあって表向きにはその条約は守り続けられていた」

 だが、やはり互いにある因縁は深く大きなもので、年月を重ねることで無常にも戦いの痛みだけが癒え、相手を恨み憎しむ負の感情だけが虚しく残ってしまったそうだ。抑えつけられていた感情は、やがて大きな軋轢を生みだしてしまったと魔道士は告げる。
 その結果、二年前に起きた天界からの突然の侵略。宣戦布告も行われないまま、突如として天界の軍勢が魔界へなだれ込んできた。
 もちろん魔王率いる魔界軍も応戦したが、天界の卑劣な罠の前に魔王は散ってしまったという。
 一番最初の戦いでトップを失った魔界軍はもちろん敗戦してしまい、今では各地に散らばった軍勢の残党が必死の抵抗を続けているが、それも長くは持ちそうにないらしい。
 だから魔界の民は願った。今まさに全てを征服されようとしている魔界を救うため、バラバラとなった魔界軍を一つに出来る絶対的な指導者の存在を。

「コウの話を聞いてもしやとは思ってたけど、やっぱり深刻な上に重たい話だな」

 おおよその話を聞いた俺は、大きなため息とともに落胆した。最初はなんか軽いノリで魔王になれとか言われたから、まだ楽観できる状況と思っていただけ余計に差がひどい。
 大体、そんな大事な局面を迎えているにもかかわらず、準備も手間もかかる大儀式の結果が俺なんだぞ? 直接関係ないとはいえ、申し訳なさすぎて凹むぞこれは……

「安心しろ、戦いに巻き込まれる前にボクが責任をもってお前を元の世界に戻してやるから」
「いや、そういう問題じゃないでしょこれは……」

 この状況で急いで帰る方法を探してほしいだなんて口が裂けても言えない。
 というかそこまで空気読めなくありませんよ?

「この際、俺が元の世界に戻るって話は後回しでいい。まずはそっちの問題を片付けよう」
「何を言っているんだお前は、巻き込まれたりしたら命に関わることなんだぞ!?」

 珍しく感情を表に出した魔道士が息巻くが、俺は一歩も引かない意志を込めて真っ直ぐと魔道士の目を見据える。
 俺の為を思って言ってくれているんだろうが、正直このまま素直に『じゃあ、お願いします』とは頼む気にはなれない。

「俺の事はいいって、この状況で自分のことを優先されて元の世界に戻ったところで目覚めが悪すぎる」
「だが、お前にだって元の世界での生活があるんだろ? ボクが言えた義理ではないが、突然お前が居なくなって心配する者だって居るんだろ」
「その辺は心配するな。俺に家族はいないし、そこまで心配する知人もいない」

 確かに学校のクラスメイトとかは多少心配してくれるだろう。だが、所詮それはクラスメイトが突然失踪したからに過ぎない。
 俺に全く友達がいないわけではないし、付き合い程度には仲の良いヤツだって何人かは居る。だけど、そこまで深い付き合いのあるヤツはいないし、その点に関しては気が楽な方だ。

「ひょっとしてお前も一人なのか?」
「ん? どういう事だ?」
「……いや、なんでもない」
「?」

 一瞬、魔道士の声色が変わった気がするけど、気のせいなんだろうか?
 なんか気になるけど、問いただしたところで答えてくれそうな雰囲気ではない。

「まあいいか。ところで天界軍は一体どんな罠を使って魔王を嵌めたんだ?」

 話では魔王というのはとんでもなく強い存在らしい。こんな世界を統べる存在だ、俺なんかが想像もつかないほどの大きな力を持っていたんだろう。
 そんな魔王を打ち倒した罠というのは少し気になった。もしかしたら天界軍と真正面から敵対したときに同じ罠を使われないとも限らないし、敵の手口を知っておいたほうが何かと安全だろう。

「……それは」
「なんだ、知らないのか?」
「いや、そのだな……」

 そう言えばコウも魔王が罠に嵌ったとは言ってたけど、どんな罠だったとか内容に関しては何も言ってなかったよな。
 実際に現場を見た人が少ないんだろうか。それとも何かしらの理由で情報が伏せられているとか?
 だとしたら何のために? うーん、さっぱりわからないぞ。

「人質、だ……」
「人質?」

 俺が一人で考えていると、魔道士は小さな声で答えた。
 しかし、人質か……手っ取り早いといえばそうだが、いかにもやり口が汚いな。

「一体誰が人質にされたんだ? やっぱり魔王の身内とかなのか?」
「……ああ、魔王様の子供だ。奴らは魔王様のたった一人の子供を人質にとったんだ」
「なんだそれ……本当の話なのか?」
「ああ、本当の話だ。これは魔界軍の中でもごく一部の者しか知らない情報だが、紛れもない事実だ」

 さすがにその話を聞いて俺も湧き上がるよう何かを感じた。
 いくらなんでも卑怯すぎる。いくら一つの世界を統べる立場だからといって、自分の子供が人質に取られて抵抗できる親はいないだろう。
 しかも話では魔王はかなりの人徳者だったようだし、そんな魔王相手に効果的とは言え、それは許されることではない。
 そもそも、俺は子供を戦いに巻き込むようなヤツは許してはおけない。

「奴らは魔王様の子供を誘拐し、魔王様に脅迫文を送ったんだ。『子供を解放して欲しければ一人で天界までやって来い』とな。無論魔王様の臣下達は止めようとしたが、魔王様は人一倍ご家族を大事になされるお方だったから止まることはなかった。それが罠であると分かっていながらも」

 魔道士の声は怒りに震えていた、語り聞かせるだけでも悔しい話なんだろう。全くの部外者の俺ですら怒りを隠しきれない話だ、確かに魔界の住民が聞けば多くの者が手に武器を取り立ち上がるだろう。
 だが、今の状況でそれはあまりにも危険すぎる。なぜなら立ち上がった民をまとめる存在がいないからだ。
 『統率のない暴徒』と『統率の取れた軍隊』、その差は圧倒的なもの。だからこの話は一部の者にしか知らされていない、一般に規制のかかった情報なんだろう。
 そして、敵はそれを見越しての計画だろう。全くもって狡猾だ。

「それから、どうなったんだ」
「さあな、当然魔王様が帰ってくることはなかったし、魔王様の子供も行方知れずだ」
「そうか……」

 行方知れず、ということは最悪の可能性が高い。
 確かにこれは魔界側にとっては打つ手のない最悪な状況だ。罠と分かっていても魔王を一人で行かせ、挙句魔王の子供すら守ることの出来なかった魔界軍に民は従わないだろう。
 そして今、魔界軍が信頼を失えば各地で行われている抵抗すら崩れてしまう。そうなってしまっては全てが終わってしまうだろう。
 せめて、その魔王の子供が存命していたなら話は違っていたのに、そんな危険な可能性を相手が見逃すとは思えない。

「何においても、全ての鍵は『魔王』って訳か」
「そうだな。だが、それはお前が悩む問題ではない」
「確かにそうだけど、そういう言い方は―――」
「お前は最初にボクに言っただろ『何の力を持たないただの人間だ』って。だから別にお前の気持ちを蔑ろにしたくて言っているんではない。力を持たない者まで無理に戦いに巻き込みたくないんだ……わかってくれ」
「……」

 魔道士の嘘の感じられない真っ直ぐな言葉に、俺は反論出来なかった。
 そして同時に俺はこの魔道士の底のしれない強さに震え上がった。魔道士から発せられたその言葉は、その雰囲気は、揺るぎない信念を持った強い言葉だったから。

「……分かった。俺も無茶な協力をしようとはもうしない」
「わかってくれたか」
「だけどな、俺だってここまで聞いちまったんだ。お前は、まずお前が成すべきことを優先してくれ。そして俺は、俺に出来ることがあるなら協力するつもりだ」

 だから、俺はそこをぎりぎりの妥協点として提示した。ここまで聞いて引き下がっちゃ男が廃るし、俺の気持ちだって収まらない。
 なによりこんな笑えない話は、計画したヤツの考えもろともぶち壊してやりたいと思ったからだ。

「……はあ、お前も案外頑固なんだな。もう少し軽いノリの男だと思っていたのに」
「それはお互い様だろ、誰にだって譲れないものはあるんだ」

 そして俺達は、少しだけ小さく笑った。
 少しだけだけど本音をぶつけ合ったおかげで、互いに打ち解けることが出来たような気がした。

「そろそろ料理を運んでもよろしいですか?」

 俺達が落ち着いた時を狙ったかのように、トレイを持った亭主が声をかけてくる。
 タイミングからして、ずっと此方の話が終わるのを待っていたんだろう。

「あ、すいません。もしかして待っててくれたんですか?」
「はい、少し私どもが立ち入っちゃいけなさそうな雰囲気だったので」
「それはすまなかった、迷惑をかけたな」
「いえいえ。ですがこういう時こそウチの料理を食べて元気を出してください。美味しい物を食べれば元気になれる、これがウチの信条なんですよ」

 人のよい笑顔を浮かべたまま、亭主さんは俺達の前に料理を並べ始める。
 その料理はどれも見たことのないような料理ばかりで、すっかり忘れていた空腹を思い出して俺の腹が小さく鳴った。

「まずは大王目玉のスープです」
「おお、これはまたダイナミックな……」

 少し水気の強いクリームシチューのような乳白色のスープの中には、半分に切られた拳大ほどの大きさの目玉がぷっかりと浮かんでいた。
 若干グロテスクな感じもするが、魔界ではこう言うのがデフォなんだろうか?
 うお、今半分に切られた目玉と視線があった気がしたぞ!? い、生きてないよね、コイツ……?

「こちらがメインのホルピックのステーキです」
「おお、肉だ肉!」

 ジュウジュウ鉄製の器の上に乗っているのはポークステーキのような肉だ。(だけど、豚肉とは異なり、脂身の多さはどちらかと言えば牛肉に近い)
 赤みの強いソースがかかって味付けされているのか、匂いもまた食欲をそそる。

「やっぱり食事といえば肉だよな、肉」
「なんだ、お前は肉料理が好きなのか?」
「ああ、味もうまいし、食いごたえもあるし、肉料理と聞いただけで期待しちまうぜ」
「それは良かった。こちらにかかっているのはグラペで作った自慢の自家製ソースなんで、そちらも是非味わってください」

 この匂いをかいだだけで俺の腹は急激に空腹を訴え始めた。
 ああ、これでご飯とかあれば最高なんだけどな。まあ、さすがに魔界でそれは期待しすぎか?
 ただ先程の大王目玉といい、ホルピックといい、一体どんな生き物なんだろう?

「最後になりましたが、こちらはサラダです」
「おお、なんか綺麗だ」

 そして最後に出されたものがサラダに、思わず声が漏れた。
 色鮮やかな黄緑色をした野菜がふんだんに盛られ、美味しそうなドレッシングのようなものがかかっている。色合いといい、付け合せのドレッシングの香りといい、野菜好きの俺としてはこれには期待できそうだ。

「美味しそうですね、なんのサラダなんですか?」
「はい、コレはヤテベオの蔦を使ったサラダです」
「ヤテッ……!?」

 瞬間、俺の脳裏に嫌な光景が蘇る。
 絞めつけられた痛み、遠のく意識、そして穏やかな川のせせらぎと手を振る親父と爺ちゃんの姿……

「あわ、あわわわわわ……」

 すっかりトラウマとなったヤテベオの恐怖が俺を支配し、脳裏をかすめるフラッシュバックの連発に心が恐怖で震いあがる。
 やだ、ヤテベオ怖い! ヤテベオくるなぁぁぁぁぁ!!

「だ、大丈夫ですかお客様!?」
「ああ、問題ない。ちょっとトラウマに触れただけだろう」
「ブクブクブク……ガクッ」
「うわあ! 今度は泡を吹き始めました!?」
「ふむ、なかなかうまいぞ亭主」
「ちょっと、そんな悠長にしていて大丈夫なんですか!?」



「ふう、酷い目にあったぜ」

 俺は満腹になった腹をさすりながら、ベッドの上に横になる。
 一番楽しみにしていた魔界での最初の食事は、まさかのヤテベオ(調理済み)の登場によって若干悲惨なものになってしまったのが残念だ。
 いや、まあヤテベオのサラダも全部食べたけど。そして全部うまかったけどさ!

「おのれヤテベオめ、今度見かけたら俺の手で成敗してやる」

 そしてトラウマを払拭するんだ!
 もはや俺にとってヤテベオとは倒すべき宿敵でしかなかった。
 しかし植物が宿敵か……切ねぇ。

「……はあ、それにしても静かだよな」

 夜もふけて、窓の外から見渡せる村の大通りに人の姿はもう無い。村の住人も静かな夜を過ごしているのか、シンとしたこの空気は少し落ち着かない。
 こうなってみると、元の世界って夜でも騒がしかったというのが実感できる。

「バイトもしないで、こんなのんびりとした夜も久しぶりだな」

 寝ても起きても学園とバイトの繰り返しの日々、それが急に無くなってしまったというのは味気ない。
 そう言えば今日のバイト、サボっちまったことになるんだよな。明日からも出ることが出来ないし、どうなっちまうんだろう?
 学園もずっとサボり続けることになるし、やっぱそのうち不審に思った教師とかが捜索届けとか出してくれるのかな?
 でも警察が俺を見つけることなんて出来るわけ無いよな。だってそもそも異世界にいるわけだし。

「このまま帰れなかったら俺の部屋とかどうなっちまうんだろう?」

 やっぱ撤去されちまうのかな?
 あ、しまった。こんなことになるなら冷蔵庫の中の物全部食っときゃ良かった!
 あーあ、夜食べようと思って買ったプリンも食いそびれちまったし。

「まあ、全部いまさらか……」

 一人になったことで急に自分のことを考える時間が出来たせいか、ふとそんな事を考えてしまう。
 学園もない、バイトもない、俺を知っている人間もいなければ、そもそも俺自身が何も分からない世界。右も左もわからず、見るものすべてが真新しいこの魔界は非常に俺の好奇心を駆り立てた。
 そして同時に、今まで過ごしてきた日常から急に切り離されてしまった俺は、この先どうなってしまうのだろうかという不安が募る。明日も明後日も明明後日も、この先ずっとどうなるのか検討もつかないこの世界で、俺は果たして生き延びることが出来るのだろうか?
 だってゲームで言えば今の俺って『レベル1 学生』みたいなもんだろ?
 置かれた状況に比べてなんと貧弱なステータスなことか、スライムが数体現れただけでフルボッコにあいそうだ。

「それに元の世界に帰る方法も見つかるかどうかも怪しいからな」

 魔道士相手に色々強がっているものの、やはり戻れるなら戻りたいのが本音だ。
 だが、この件に関しては完全に魔道士に任せっきりになっちまうから期待はしてない。もちろんそれは魔道士が信用できないんじゃなくて、今この状況で魔道士の手を煩わせたくないからだ。
 一人で解決しようにも召喚云々の問題はさすがにどうしようもない。そもそも次元すら違う問題に、俺がどうやって立ち向かえばいいのか見当すらつかない。

「かと言って向こうの抱えている問題も相当なものだからな」

 新たな魔王を探し、魔界軍を再興して、最後に天界軍を魔界から追い出す。さながらRPGとシミュレーションの複合ゲームのような状況だな。

「なら俺は魔界軍を勝利に導く軍師でもやれってか?」

 思わず悪態の一つでもついてみたが、言ってて自分で苦笑した。
 昨日までの安穏とした学園生活を送っていた俺に、兵法も何もあったものじゃない。
 力も無い、知恵も無い、知識も無い。無い、無い、無い、何も無い。俺には今この状況で必要とされているものは何も持っていなかった。

「何もなさすぎて笑えてくるな」

 俺だって男だ。自分が無力で役立たずという現実を付きつけられて悔しくないはずがない。
 だからなけなしの頭をフル回転しているわけだが、答えなんて当然見つからない。
 ああ、俺って超無力……

「ったく、なのになんで俺なんだよ……」

 終わりのない不安と、途方もない無力感が俺を襲う。
 しかも普通の召喚とはわけが違う。魔界の存亡を賭けた大儀式で呼び出されてしまったのがなぜ俺なんだ?
 いくらなんでもKY過ぎるだろ……

「全く、これで落ち込むなってのは無茶な話だ。はぁ……」

 何気なく窓から見上げた夜空には、俺の元居た世界と同じようにたくさんの星が散りばめられていた。
 星があるってことはやっぱり宇宙があって、他の惑星とかもあるのかな?
 だとしたら、もしかしてロケットで大気圏を突破出来れば……って、馬鹿らしい。

「あー、そう言えば結局『テンシマン』も見逃しちまったな、ちくしょー」

 色んなことがありすぎて、一番最初のきっかけをすっかり忘れちまっていたな。テレビが光って、その中に吸い込まれて、そこから何度死にかけたことか。
 そういや、結局テレビはどんな展開だったんだろう?
 魔界を半分征服したテンシマンを打ち倒すべく、魔界軍『イビルヴェイジョン』が取った最終手段とはなんだったんだろうか?
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