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魔王への道(仮) 第二章『誓約(エンゲージ)』
2011-08-21 Sun 23:59
これ書いてて、そこそこの量を書けることが判明したのは収穫でした。

~第二章『誓約(エンゲージ)』~


「おはよう……」
「うむ、起きたか……って、どうしたんだ?」

 すでに食堂で朝食をとっていた魔道士が、俺の顔を見て驚きの声を上げる。
 多分相当ひどい顔しているんだろうな。自分でもわかるくらい疲れが残ってるし、きっと目元にはくっきりとクマとか出来ているに違いない。

「あー、昨晩眠れなかっただけだ」
「眠れなかったって。どうした、枕が変わって寝付けなかったとでも言うのか?」
「そんな繊細なタマじゃねーよ。ただちょっと色々考え事をしてただけだ」

 結局、マイナス方向の考えが堂々巡りで何一つ答えが見つけられなかった。
 おかげで眠いし、疲れたし、落ち込んだしの三連コンボで身も心もズタボロだ。

「今日は昨日よりも歩くのにそんな事で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題……ないと思う」
「不安だな、まあいい。早く朝食をとるんだ、早めに村を出たいからな」
「そうだな、ガッツり食って力をつけるよ」

 魔道士の向かいの席に腰掛けると、丁度タイミングよく亭主さんが朝食を運んできてくれた。
 ちなみにこの食堂に入る客は他におらず、俺達の貸切状態だ。これなら多少気を緩ませても問題はないだろう。

「あまり眠れなかったようですね。こちらのお茶は疲労回復の効果があるので、よかったら飲んでください」
「あ、どうもありがとうございます」
「朝食もすぐにお持ちしますので、ごゆっくりください」

 俺は亭主さんから貰ったお茶に口をつける。
 味はホットミルクに少しハチミツを入れたような感じだろうか? 暖かくてじんわりとした甘みが体内にゆっくりと広がっていくと同時に、なんだか疲れの溜まった体が少し軽くなった気がする。

「あー、なんか落ち着くわ、このお茶」

 何気にこの人も客のことをよく見てるよな。こういう気遣いもうまいし、さすがプロだ。
 お茶もんまいし、言うことなしだ。

「このまま横になったらゆっくり眠れそうだな」
「寝てどうする、今は朝だぞ?」

 フードの隙間から紅い瞳にジロリと睨まれ、俺は笑ってごまかす。
 場を和ませようとしたが、ボケ方を間違えたかな。魔道士も時間がなくて焦っているようだし、今後はこの手の冗談は控えよう。

「冗談だって、ところで今日は何処へ向かうんだ?」
「まずはここから南下して首都へ向かう。次の手立てを探すにもまずは情報が必要になるからな」
「首都ねえ、そこに行けば次の方法は見つかるのか?」
「分からない。だが、首都には様々な書物が数多く蔵書されている図書館があるんだ」
「なるほどね、そこで次の手がかり探しか」

 これまた俺が手伝うにはちと難儀だな。なんせ俺はこっちの文字が一切読めないんだよな。
 どうやら召喚には召喚者との意思疎通を図るために、召喚された側が言語を理解できるようにする術式が組み込まれているらしい。おかげで会話する分には不都合がないが、文字までは面倒みてくれないようだ。

「もう少し融通を利かせてくれればな……」
「なにか言ったか?」
「いいや、なんでもない」

 ここでの暮らしは長くなりそうだし、まず俺がするべきことってもしかして文字の読み書きか?
 あー、そいつは厄介だな。なんせ俺の学力といえば外国語の科目は軒並み赤点スレスレのレベルだからな。
 ふ、自慢じゃないが俺はバリバリの体育会系なんだぜ、勉強なんざそんなもんさ。

「お二人は首都へお向かいなんですか?」

 亭主さんは俺の朝食を運びながら尋ねてくる。だが、その表情はやや堅い感じがした。

「どうした亭主、なにか問題でもあるのか?」
「いえ、首都での攻防も激化の一途で、このままでは首都撤退もあり得るという噂ですし。それに最近ではこんな辺境の地方にも天界軍を見かけるって話ですから」
「そうか、急がねばならんな……」

 魔道士は唇を噛み締めたような低い声で呟く。
 どうやら魔界の戦況は芳しくないようだ。焦りが出るのも仕方がない。確かに首都を落とされたらそれこそ敗北の一歩手前に陥ってしまうだろう。
 魔道士も理解しているんだろう、先ほど俺を震え上がらせた紅く光る瞳に力はなく、頼りなく揺らいでいた。

「すいません口を挟んでしまって。ささ、熱いうちにどうぞ」
「いや、ありがとう。心配感謝する」

 亭主さんは一礼してから調理場へと引き下がる。あまり深く突っ込みたくないといったところか。

「今の首都ってのはそんなに苦しい戦況なのか?」
「……優秀な将達が防衛に当たっているはずだが、やはり戦力に差がありすぎたか」

 俺はすでに魔道士が魔界軍の中でもある程度権限を持つ地位についているという確信を持っていた。だから亭主さんが奥に引き下がり終えるのを見届けた俺は、答えづらい内容と承知で魔道士に問いかける。
 軍の者と一般市民の間には当然のように持っている情報に差が出る、それもこんな小さな村の住民ならそれこそ圧倒的にだ。
 だからこそ、協力を約束した俺は正確の情報を持っておきたいし、俺を協力者と認めてくれるならある程度の情報を共有してくれると信じたい。

「お前の見立てでもってどのくらいだと思う?」
「半年……いや、このまま状況が進展しなければ三ヶ月持つかといったところか」
「三ヶ月か……」

 思っていたよりも圧倒的に短い期間を突きつけられ、少し動揺が表に出てしまう。
 やべ、ちょっとブルっちまった。三ヶ月といったらアニメの一クール相当だろ?
 魔界にはもうそんな短い時間しか残されてないのか、笑えないな……

「聞いて怖くなったか?」
「怖くないといえば嘘になるかな」

 魔道士の挑発的な質問に、俺は素直に答える。そんなもん怖くないはずがない。
 突然迷い込んだ魔界、今までの常識の通用しない世界、一つの世界の存亡を賭けた戦争、目前に迫っている戦い。この中の一つだけでもとんでもない不安なんだぞ?
 それが纏めて目の前に現実として突きつけられたんだ、去勢なんて張ってる余裕すらない。

「逃げてもいいんだぞ、元々お前は―――」
「言っただろ、俺に協力できることがあれば手伝うって。それに逃げろって言われても、今の俺に逃げ場所なんてないさ」

 もう、腹をくくるしかなさそうだ。どのみち三ヶ月じゃ俺を元の世界に戻す方法なんて見つからないだろう。
 ならばやるしかない、魔界のためにも、俺自身のためにも。



 クリム村を出て数時間、すでに白く光る三日月は空の頂上まで昇っている。正確な時間はわからないが、俺の腹時計からして正午近くといったところだろう。
 俺達は首都に向かって、見晴らしのいい小高い丘をのんびりと進行していた。
 魔道士曰く、旅をするのに焦っても仕方が無いことだそうだ。焦ってペースを崩すのではなく、ちゃんとしたペース配分で確実に予定通り目的地に辿り着くことを重視したほうがいいらしい。
 しかし、本日もまた魔界のお空は相変わらず真っ赤に染まっている。目にはあまりよろしくないが、天気がいいということなんだろう。

「ああ、安心して進めるのはいいな」
「まだ引きずっているのか、昨日の方が特別すぎたんだ」
「仕方ないだろ、第一印象がアレなおかげで正直首都に無事辿り着けると思ってなかったんだから」

 俺達はエクゥウスと呼ばれる六本足で背巾の広い馬のような動物に跨って、優雅とは行かないまでも、悠々とした旅路を歩んでいる真っ最中だ。
 昨日と違い、今日はちゃんと人の手が加わった街道を歩いているだけなんと気が楽なことだろうか。
 おかげで変な肉食植物もなければ、突然の自然災害に巻き込まれたりもしない。やっぱ平和が一番だよね、安全第一だ。

「しかし便利だな、乗り心もそこまで悪くないし」
「そうだな、二頭も譲ってもらえて。いずれまた村長に礼に行かないといけないな」

 村を出る際に、俺達が首都へ向かうことを聞いた村長さんが譲ってくれたものだ。魔道士も最初は申し出を遠慮しようとしていたところを見ると、そんな安いものではないんだろう。
 しかし、おかげで俺達の旅は格段に楽になった。というか昨日の出来事のおかげで、地獄の片道切符よろしくなデスパレードになると意気込んでいただけあって拍子抜けだ。
 正直欠伸が出そうなくらいまったりとしている。

「ふぁ~……」

 あ、言ってるそばから。そういえば昨晩寝てなかったおかげか、いまさら眠気がやってきたようだ。
 うっかりと船でもこいでしまったらさすがに振り落とされて危険だからな、気を付けないと。

「こら、流石に気を抜き過ぎだぞ」

 魔道士から注意の声が飛ぶ。流石に気を抜きすぎてしまったか。

「すまん、分かっているんだけど……ふぁ~」
「安全と言っても絶対ではない。大勢の魔族を物ともしない恐ろしい魔獣もいれば、道から外れたならず者だって存在する」

 俺の緩みきった態度を戒めるように、魔道士は言う。すぐに理解は出来ずとも、深く心に留めよという雰囲気だった。
 確かにここは魔界だ。俺の予想のつかない出来事が待ち構えている可能性だってあるはずだと、昨日嫌というほど実感したばかりじゃないか。

「少しの気の緩みから命を落とす、魔界はそういう場所だと言っただろ」
「そうだな、俺も少し油断しすぎていたよ。気をつける」

 俺は自分の頬を数回叩いて気を引き締める。
 うん、切り替えよう。

「と言っても、お前の心労も察する。適当に休めそうな場所でも見つけたら休憩をとろう」
「わかった、急いでいるところすまないな」
「なに、気にしなくてもよい」

 こんな状況にもかかわらず、常に落ち着いた態度で俺にまで気を回してくれる魔道士。
 村長さんや亭主さんもそうだったけど、いい人達が多すぎて、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。俺はこんなに親切にされているのに、返せるものが何も無いのが歯がゆかった。
 なんでこんないい人達がいるところが、戦争になんて巻き込まれちまうんだろうな?
 平和な世界だったら、俺にだって出来る事がいくらかはあっただろう。畑作業とか、家畜の世話とか、店の手伝いとか、そういう一般的な仕事なら俺にだって手伝える。
 だけど、今魔界に求められているのはそんな事じゃない。目前に迫っている危機に立ち向かえる力、魔界を救うことが出来る存在が求められているんだ。
 っていかんいかん、これじゃまた欝スパイラルに嵌ってしまうところだ。無い物ねだりをしても仕方がない、だからせめて前向きに行こうって決めたばかりじゃないか。
 なにが来てもドンとこい、なるようになるさ! そうだ、そんな気構えで挑め。今までもそうやって乗り越えてきただろ。

「おい、アレを見ろ」
「敵か!? どこだ!? 俺は何をすればいい!?」

 早速きやがったか!
 俺は一目散で、魔道士が指さす方角へ視線を向ける。
 さあ、敵は何だ? ヤテベオの大群か!? だったら任せ……たぜ!!

「いや、そこまで気負わなくてもいいと思うぞ?」
「そ、そうなのか? で、敵は一体何処に?」
「いや、敵ではない。よく見ろ」

 目を擦ってもう一度視線を向ける、
 俺達が今下っている小高い丘の麓は広大な森林だった。一面が緑に染まる木々に囲まれたその一角に、ポッカリと拓けた空間があるのがなんとなく分かった。

「あれは?」
「おそらく湖でもあるんだろう」
「湖? ホントに?」

 もう一度目を擦って凝視するが、遠目すぎてあんまり良く見えない。
 これでも視力は自信がったんだけどな、もしかして魔族ってメチャクチャ視力がいいとかそんな性質持ってるの?

「ああ、間違いない。ちょうどいい時間だしあそこで昼食をとろう」
「お、いいね。そうしよう」

 俺はすぐに魔道士の提案に賛成する。
 腹もいい具合に空いてきているし、湖の畔での食事とかなんとなくピクニック気分になって、この沈んだ気分を晴らすにはちょうどいいだろう。

「よし、決まりだな。ならば行こうか」

 話しが纏まったところで魔道士はエクゥウスの腹を軽く蹴った。その声は何処か弾んでいて、魔道士も少しは期待しているのだろうか。
 なんだかんだで歳相応の一面も持っているんだな。そう思うと、俺は少しだけ魔道士に対して親近感が持てた。

「お、おい、待ってくれよ! 俺は乗馬とか初めてなんだぞ!」

 俺は慌てて魔道士の真似をしてエクゥウスの腹を蹴る……が。

「ヒヒィーッン!!」
「うおっ!?」

 瞬間的に加速した景色に、俺はなにが起きたのか一瞬理解が遅れた。

「え、ええっ!?」

 どうやら慌てて強く蹴りすぎてしまったのか、はたまた蹴りどころが悪かったのか。俺が乗っていたエクゥウスは、見た目通りに馬のような甲高い雄叫びを上げながら、爆発的な加速で走りだしていた。
 しかしそのスピードは、魔道士が乗っているエクゥウスとは比べものにならないほど速い。まるでショートレース中の競走馬のように全力で、丘の麓目がけて駆けていた。
 ドドドドド、とまるで地響きが聞こえるほど力強く、六本の蹄が大地を蹴りつける。そのスピードが、力強い振動となって俺に襲いかかった。

「おい、大丈夫か!?」

 すれ違いざまに、魔道士の慌て声が聞こえた。

「大丈ぶっ……!!」

 激しく揺れる背中の上で大声をだそうとしたおかげで、俺は自分の舌を強く噛んでしまった。
 くそ、超痛え! って言うか超怖え!
 いや、それよりもこの揺れだ、どうにかしないと振り落とされるぞ!?
 俺はエクゥウスから振り落とされないように、しっかりと背中にしがみつく。それはさながらロデオのような荒々しさに、一瞬でも気を抜けば振り落とされてしまうだろう。
 どうしよう、どうすればいい?

「手綱だ、手綱を引け!」

 俺を追いかけてきた魔道士の声がぎりぎり届く。
 そうだ、手綱だ、手綱を引けば!
 俺は恐る恐る片手を離し、目の前で風に揺られてはためく手綱に手を伸ばす。
 スカッ。
 風に揺られた手綱が、後一歩というところで空を切る。

「うわっ!」
「大丈夫か!?」

 手を伸ばすことに意識を集中しすぎたせいで一瞬だけ体制が崩れたが、なんとか落馬だけはしまいと踏みとどまる。
 やべ、今マジで落ちかけたぞ!
 俺は空振った手を、大急ぎでエクゥウスの背中の鞍へ戻す。再び背中にしがみつく形になった俺は、真っ白になりかけた頭を動かすように必死に努める。
 ドクン、ドクンと心臓の鼓動だけが嫌に高く聞こえた。

「はあ、はあ……ふぅ」

 何度か深呼吸を繰り返し、早鐘のように打ち付ける心臓を落ち着ける。よし、もう大丈夫だ。
 なんとか体制を立て直し、手綱目がけて再び手を伸ばす。

「と、どけ……!」

 俺は風にはためく手綱に狙いを定め、可能なかぎり右手を伸ばし―――
 ガシッ!

「掴めた!」

 二度目の決死の覚悟で伸ばした右手は辛くも手綱を掴みとり、俺は必死に引き寄せた。

「ヒィヒィーンッ!!」

 なんとかエクゥウスを止めることに成功し、気が緩んだ瞬間―――

「よし、止ま……うわぁっ!?」

 今まで猛スピードで移動していたエクゥウスが急停止したおかげで、背中に乗っていた俺は慣性の法則に則り、無情にも宙に放り上げられた。
 あ、今俺飛んでる?
 ふわりと感じた浮遊感から、風を切る爽快感。その駆け抜ける景色とスピード感は、エクゥウスに乗っていた時に感じるものとは比較にならない。
 ああ、空を飛ぶってこんなに気持いいのか……目の前に大きな樹が接近している現実さえなければ最高なのに!

 ドゴンッ!!

「へぶっ!」

 俺、魔界に来てからこのオチ何回目だっけ……?

「大丈夫か、傷は浅いぞ!?」
「おーけー、いい加減耐性が付いてきたみたいだぜ……」

 エクゥウスから飛び降りた魔道士が駆け寄ってくる。
 っていうかこの人、結構こういう場面ではノリいいよね。

「いって~……酷い目にあったぜ」
「なんだ、お前の世界では騎乗訓練はしないのか? エクゥウスの騎乗なんて初歩クラスだぞ」
「そもそも俺の世界ではもっと別の乗り物があるから、生き物に乗ったりしないんだよ」

 自転車ならこうはならなかったんだけどな、くっそー。
 頭打ちすぎて馬鹿になったらどうしてくれるんだ。

「そうなのか、まあいい。ほら、使え」
「なにこれ?」

 手渡された布切れを受け取って首を傾げる。
 なにこれ、ハンカチ?

「そこで冷やして頭に当てておけと言っているんだ。ボクはその間に昼食の準備をしておくから」
「へ? ……あ、湖だ」

 魔道士が指差す方向に視線を向けると、そこには件の湖が。どうやらエクゥウスにしがみついていたせいで周りを見る余裕がなくて全く気づかなかったが、今の一件で湖の畔まで辿り着いていたらしい。
 というか最初に確認したときは結構な距離があったと思うのに、どんだけスピード出しやがったんだあの馬公め……

「愚痴っても仕方ないか……」

 俺は魔道士の言葉に従い、ハンカチを濡らして頭に当てる。
 ひんやりとした感触が、痛みを少し和らげてくれた。

「くう、しみるな」

 頭に触って気づいたが、結構でかいコブが出来ているな。昨日も似たような場所を打ったし、いい加減気を付けないといけないな。
 そのうち頭中コブだらけになるとか笑えないぞ?

「しかし、綺麗な湖だな。底のほうまで見えるんじゃないか?」

 たま写真とかで見かけるような、秘境とも呼べそうな森の奥地にある澄み切った湖を思い出した。さすがにあそこまで透き通ってはいないが、俺の身長よりもはるか深い底のほうまで十分見通せる水質に素直に感動しそうだ。
 それに湖もそうだが、周りの景色もなかなか見物だった。
 街道から少し外れ、辺りが木々に囲まれた中で数十メートル四方がポッカリと切り取られたような不思議な空間。そこには見たこともない鮮やかな色合の草花がいっぱいに敷き詰められていた。
 場所が場所なら自然動物が集まってきそうだな。

「さってと、それより飯だ飯!」

 すっかり気分を良くした俺は、むしろこんないい景色の中でのんびり休めることに心が踊った。
 ここならさぞ美味しく飯も食べられそうだ。
 そう思った途端に腹がなってきそうだぜ、さっさと魔道士の所へ戻ろう。俺が少し遠くに居る魔道士へ視線を向けると、どういう訳かずっと足元を見下ろして動こうとしない。
 なんだ、今度は一体なにかあったんだろうか?

「おーい、どうかしたのか?」
「ん? ああ、これを見てくれ」

 魔道士が視線で足元を指したので、俺も習って視線を下ろす。

「ん、これは?」

 明らかに人の手によって草が刈り取られたそこには、石が円を描くように並べられ、中心には燃え尽きた木片が積み上げられていた。
 これは、焚き火の後だよな?

「何者が昨晩ここにキャンプを張ったようだな」
「なにか問題でもあるのか?」

 こんな素晴らしい景色だ、俺だって時間が遅ければここで一晩過ごすことに異論はない。むしろ周辺の地形を見るかぎり、ここらで一晩過ごすのが一番安全と考えられるだろう。
 だが、魔道士は小さく首を横に振ると、俺に何かを差し出した。

「キャンプ自体に問題はない。だが、こんなモノが見つかったとしたら話は別だ」
「何だそれ、メモ用紙か?」

 よく見ればそれは一枚のメモ用紙のようなものだった。くしゃくしゃになったその用紙には、見たこともない文字がびっしりと書き連ねられている。
 なんだろこれ、地図のような図面にはいくつかの文字が単語単位で書き並べられていて、そのうち数個には×印が付けられている。

「それは魔界の文字じゃない。その文字が使われている場所は、天界だ」
「な!? ……ってことは、まさか」
「ああ、なにか胸騒ぎがする……」

 敵である天界の者がこの辺に潜伏しているかもしれない。
 だが何のためにだ?
 敵は魔界の征服を企む天界軍の者である可能性が高い……ということは自然に導かれる解答はそこまで多くない。

「……まさか、村に!?」
「ああ、その可能性は低くないな。よし、ボクは今から村へ戻って知らせてくる。お前はボクが戻ってくるまでこの近くで身を潜めていろ!」
「なにいってんだ、俺だって一緒に行くぞ!」

 クリム村が襲われるとなったら俺も黙っちゃいられない。
 一宿一飯の恩義だけじゃない。村長さんや亭主さんには十分すぎるほど世話になっているんだ。
 そんな村の人達が襲われると知った以上、俺にだって立ち上がる勇気くらいは持っている。

「気持ちが嬉しいが、下手したら戦いになる。悪いが今のボクではお前を守ってやることが出来るかわからない」
「くっ……!」

 痛いところを突かれて押し黙る。
 確かにこれは戦いだ、しかも命を賭けた。想いや勇気、一学生である俺の感情論だけでどうにかなる話ではない。

「戦いとは力が全てだ。弱者は強者に従い、蹂躙されるだけの世界なんだ」

 魔道士の言葉が強く突き刺さる。それは力無き者にはどうにもすることが出来ない現実が、俺の心に重くのしかかった。
 魔道士はあえて辛い言葉を選び、俺に突きつけてきたんだろう。俺に現実を教えるために。

「だからボクが戻ってくるまで隠れていてくれ。大丈夫、何かあってもボクが絶対に村を守ってみせるから」

 そう言いながら魔道士はエクゥウスに跨り、俺達が来た道を引き返した。
 戦いに赴く魔道士を見送り、呆然と立ち尽くすしか出来なかった。

「くそ、わかっちゃいたけど……なんなんだよ!」

 俺は魔道士の背中を、あの小さいと感じた姿をただ見送ることしか出来ないのか?
 俺がするべきことはただ待ち続けるだけなのか? 考えろ、本当に俺に出来ることはないのか?

「くっそー! わかる訳ないだろ!?」

 魔王とかさ、魔界とかさ、戦争とかさ、わかる訳ないじゃねえか! こちとら魔界に来てまだ一日目だぞ、超魔界初心者だぞ!
 だからわかんないんだよ、魔界にいる住民の気持ちなんか!

「だけど、俺にだって知ってるものだってあるんだ」

 それは魔道士とクリム村の人達だ。
 魔道士はあんな小さな体で、魔界を救うためにすげー儀式とかしたんだぞ? クリム村の人達は一晩だけでも親切にしてくれた、あの温かい空気を俺は知っている。

「そんな人に危険が迫っているって知ったなら、心配して様子を見に行くくらいしたっていいじゃねえか!」

 もしかしたら俺に出来ることだってあるかもしれないだろ。
 だけど、ここに立ち止まっていたら、その『もしかしたら』の時が来ても何も出来ないじゃないか! 俺が必要な状況じゃなければただ陰で見ていればいい。そして、もし必要になる場面が来たら立ち上がればいい。
 バカでかい力はなくても喧嘩くらいは出来るし、足だってそれなりに自信があるんだ、囮くらいの役はたつだろう。

「考えるだけなんて俺らしくねえ、立ち止まっている俺なんて俺じゃねえ!」

 昨日までうだうだ悩んで、らしくないことばっかだから駄目だったんだ。だから何も答えが出なかったんだ。
 考える前に行動しろ、体育会系の長所を忘れてどうする!

「どうせ俺の人生なんてずっと出たとこ勝負だったじゃねえか!」

 簡単なことだ、無意味にでしゃばって足手まといになる真似さえしなければいいんだから!
 よし、決断したら即行動だ。俺は自分が乗っていたエクゥウスに跨り、強く手綱を握った。

「行くぜエクゥウス、村に戻るぞ!」
「ヒィヒィーッン!!」

 手綱を引かれ、雄叫びを上げながら前足と中足を宙にあげて奮い立つエクゥウス。

「って、急に立ち上がっ……!」

 エクゥウスが急に立ち上がったものだから、俺はそのまま体制を崩して鞍からズレ落ち―――

 ガスッ!!

「ごふっ!?」

 エクゥウスからふるい落とされた俺は再び後頭部を強打。
 おまけに、丁度落ちたところには焚き火跡があり、俺はその囲いとして使われていた石の山に頭を打ち付ける形になって悶絶する。

「~~~~~~っ!!?」

 声にならない苦悶の叫びをあげながら、俺は泣いた。肝心なところでも決められない自分の不甲斐なさに……



「静かだな……」

 村の目の前にある森に身をひそめながら、俺は唇を噛んだ。入口付近に詰めていた自警団の守衛の姿はなく、ささやかながらも活気のあった大通りでさえ人影を感じられない。
 最悪の事態が一瞬脳裏をよぎるが、頭を大きく振って否定する。止めろ、考えるな。まだそう結論づけるのは早過ぎる。

「あいつが駆けつけたんだ、そんなにあっさりやられるわけがないだろ」

 あんだけ自信たっぷりに走りだしたんだ、きっと今頃天界軍のヤツらを撃退して、村のみんなにもてはやされているに違いない。
 コソコソ、ササッ!
 物陰に隠れながら、村の中に潜入する。ともあれまずは状況の確認が必要だ。家の陰から路地の脇にあった樽の物陰へ、俺は慎重に身を潜めながら少しずつ村の中を進む。
 不謹慎ながらもその姿は、様々な場所に潜入する某有名ゲームのバンダナを巻いた主人公のような気分になって、ちょっと楽しかった。ちなみに俺は隠れずに銃を乱射して進むラ○ボープレイばかりで、ノーマルクリアが限界だ。

「こっちの方から何か聞こえたような……」

 村の中程、黒釜亭のある大通り手前まで到達した俺は、ようやく人の気配のようなざわめきを聞きつけ、少し安堵の息を漏らす。
 よかった、みんな無事だったんだな……

『―――めろ! ……の子供は……だ!!』

 だけど、それは賞賛の嵐なんかじゃない。

『―――欲しかったら、……うんだな!』

 どこからか怒声が聞こえる。
 そう、戦いは終わっちゃいなかったんだ。
 俺は恐る恐る、怒声がした大通りの一個手前の通りから、家と家の間にある僅かな隙間の陰からそっと大通り様子を伺う。

「―――っ!?」

 俺は我が目を疑った。
 宿屋の前の大通りには、自警団と思われる数人が倒れていた。しかもみんな毛顔を指定ボロボロだ、中にはうめき声を上げて起き上がることの出来ない者まで居る。
 更にその奥では、魔道士が敵に取り押さえられて地面に伏せていた。一目見るからに絶望的な状況に、俺は言葉を失う。

「その子供を解放しろ、卑怯者め!」
「ふん、下賎な魔族が、口を慎め!」

 いやに高圧的なリーダー格の男が魔道士に言葉を吐きかける。その目は全てを蔑むように魔道士を、魔界の住民達を見下していた。

「呪文使い(スペルマスター)様、オイラのことは構わないで敵を倒してくれ!」
「ガキが口をはさむんじゃない!」

 パシン!
 リーダー格の男が人質の少年――コウの頬を叩きあげ、乾いた音だけが静寂に包まれた村に響き渡る。

「……っく!」
「止めろ! 子供に手を出すな!!」

 魔道士は敵の束縛から逃げ出そうと必死に足掻き続けるが、身体を地に押し付けられ両腕を締め上げられている体制から抜け出すことは容易ではない。魔道士の他にも動ける者はいるが、ほとんどが手負いの者の介抱か、人質のおかげで動けずにただ武器を構える者ばかりだ。
 他の住人は見当たらない、きっと自警団と若者以外は避難しているんだろう。緊張感の張り詰める中、いたずらに時間だけが過ぎ去っていく。

「どうにかコウさえ助け出せれば……」

 唯一、敵にも知られていない俺がうまく立ち回れればこの状況を打開の可能性もある。いつものように無鉄砲に出ていくわけには行かず、こういう場面でこそ本当に頭を使わないといけない。
 よく考えろ、さっきまでの答えが出ないつまらない迷いではないんだ。ここで機転を利かせろ!
 敵の数は五人。思っていたよりかは少数だったが、そのうちの一人が人質をとっている時点で手出しが難しい。

「しかし、それにしてもなんであんな格好してるんだアイツら?」

 ただ、この状況において本当にどうしようも無い疑問だが、それでもどうしても気になることがあって、俺は首をかしげた。
 どういう訳か天界の者と思われる敵達は、特徴的な全身タイツのようなスーツに身を包み、それぞれが赤・青・黒・黄・ピンクというカラーリングが施されている。その強烈的にまで印象的な姿から想像されるものは、俺の知る限り一つしか思い当たらない。
 ……特撮ヒーローのコスプレ?
 五色のレンジャースーツに身を包む敵の姿は、まさに俺が毎週楽しみにしていた『特撮戦隊ヒーロー番組』のそれでしかない。
 Why? なぜ?
 思わず苦手な英語すら飛び出る。
 一瞬、撮影でもしているのかと現実逃避しかけたが、周りの重すぎる雰囲気はシリアス一辺倒。敵側は本気でやっているし、魔道士含む魔界側にも不思議な光景と思うような者は一人もいないようだ。
 まあ、あっちも設定上では強化スーツだしね、同じように使っているなら驚異なことに変わりはないが……なんか現実でやられると締まらない光景だな。

「どうしたんだ呪文使いさんよ。ご自慢の魔法でも俺達に見せてくれよ」
「まあ、そんな事をしたらこの子供の無事は約束できませんけどね」

 村人達を牽制している残りの二人が笑う。誰もが手出しを出来ないからとタカをくくり、魔道士をあざ笑うように。
 まるで某世紀末救世主伝説のチンピラのように、弱者をいたぶることを楽しんでいた。

「くそ、下衆共が……」
「ふん、下賎な魔族が我ら天界の民にそんな口を叩いてもいいと思っているのか?」
「痛たたたっ、やめろ!」

 魔道士の言葉が気に触ったのか、赤いスーツを纏うリーダー格の男が視線で指示した瞬間、コウの表情が苦痛にゆがむ。

「止めろっ! その子供に罪はないだろ!」
「止めて欲しければ我々の質問に応えるんだな。昨日この村の近辺で大規模な魔力の動きを感知した。犯人は貴様だろ?」
「……さあな、ボクには何のことだか」
「隠すと為にならんぞ。言え、貴様は一体何をした?」

 昨日の大規模な魔力の流れ……って、あれ?
 おいおい、それって俺が呼び出された『究極大召喚(オーバー・リミット・サモン)』の事じゃないのか?
 こいつらはそれについて調べに来たってことか? じゃあ、この村の人達は巻き込まれたってことなのか?

「答えろ、貴様は一体何を企んでいる?」
「ぐ、あっ……!」

 激高したレッドが、魔道士の頭を踏みつける。時にはそれが蹴りに変わり、何度も何度も、魔道士が口を割るまで鈍い音が木霊し続けた。
 その見ていて痛々しい光景に、俺だけでなく村の人達も苦しげに目を逸らした。

「答えろ! 話せ! 貴様は何をした!?」
「ぐ、あ……がはっ!」

 だけど魔道士は答えない。そこまでされて、なお答えようとしない。
 おい、おいおいおい?
 ちょっとやり過ぎじゃないか? おい、魔道士のヤツ死んじまうんじゃないか?
 魔道士もなんだよ、さっさと答えちまえよ。『究極大召喚』を行ったけど失敗して、ただの人間を呼びだしちゃいましたってさ。

「さあ話せ! アレ程の魔力の流れだ、貴様は一体何を呼び出した!?」

 レッドは完全に気づいているようだ。魔道士が何をしたのか、そしてその目的が何なのかを。
 知りながら……いや、知っているからこそ、レッドは答えを知りたがっているんじゃないのか?
 魔道士が呼び出した、『魔王』という存在の可能性に。

「まさか、アイツらは恐れているのか?」

 圧倒的優位に立つ天界軍だが、それをひっくり返す可能性を持つ切り札が存在するなら、警戒しないわけがない。
 そして失敗といえ、『究極大召喚』で呼び出された者が俺だと知られたらどうなる?

「例えただの人間だと分かっても、用心するに越したことがないってか?」

 俺が天界側の立場なら間違い無くそうするだろう。
 そうか、魔道士は知っていたからこそ俺をあの場に残してきたのか。ヤツらの本当の狙いは俺で、バレてしまえばどうなるか知っているからこそ口を割らないのか?
 あれほどキツイ仕打ちに耐えながら、頑なに口を閉ざしているのは俺のためなんだな?

「ったく、本当に頑固なヤツだな」

 魔道士は俺に言った、『ボクが元の世界に戻す方法を探してやる』と。
 大切な儀式が失敗したんだ。俺に八つ当たりしてもおかしくない中でアイツは俺なんかに責任を感じ、今もこうして律儀に守ろうとしている。
 互いに名前も知らないまま、昨日出会った俺のためにあそこまで耐え続けてくれているんだ。

「俺の実力を見て後悔すんなよ?」

 こちとらただの学生だ、限界値の低さはピカイチだぞ。
 それでも俺は立ち上がる。俺を守るために傷ついている大馬鹿を救うために。
 そしてなにより―――

「子供を人質にとって、一方的に暴力を振るうヤツなんか許せねえ」

 まず必要な物は何だ?
 不意をついてコウを解放させなければいけない。失敗の許されない、たった一度のチャンスを活かすには何が必要だ?

「武器だな、それもとびきり強力なヤツだ」

 緊急事態だ、店の人もあとで言えば許してくれるだろう。幸い、武器屋の場所はしっかりと覚えているし、俺の居る通りからすぐの近くにある。
 俺は誰にも感づかれないようにそっとその場を離れ、村の入口近くに軒を構える武器屋へと走った。
 昨日行き損ねた店なだけあってこういう状況じゃなければ嬉しいんだが、今は喜んでいる暇はない。一刻も早く、魔道士やコウを助ける準備を整えなければ。
 表通りへ戻ってきた俺は、目的の店の前へと辿り着く。

「おじゃましまーす、っと」

 一応律儀に挨拶だけは済ませておくが、やはり店には誰もいない。
 そこには俺の予想通り、剣を始めとする数種類武器が取り揃えていて、その光景を見ただけで俺の気持ちは昂った。

「すげえ、武器がこんなにいっぱいある」

 と言ってもさすがに小さな村の武器屋といったところだろうか、無骨な武器が乱雑に並べられているだけなのが少し残念だった。
 って、そんな感想はどうでもいい。
 とにかく俺は、あの天界ヒーロー野郎共を倒す武器を探しに来たんだ。はしゃいで余計な事を考える暇はない。

「さて、一撃で一人やっつけるくらいの強力な武器ってどれだ?」

 やはり打撃武器で背後から頭に一発ってのがベストだと思うんだけど。

「この戦槌(ウォーハンマー)なんて強力そうだな……って、重っ!」

 いかにも強力そうな反面、見た目通りの重量で俺はあっさりと断念する。
 こんなもん持っていったら振り上げる前にこっちがやられちまう。というか漫画とかでもよくこんな武器を振り回せるよな、無理に振り回そうとしても筋肉が先にイカれちまうぞ……
 やはりメイス辺りにしておくか? フレイルなんかは扱いが難しそうで論外だし……
 分かりやすく銃器とかあれば速そうなんだけどな、さすがに魔界にはないよな。

「ん、あれは……?」

 なかなかこれだという武器が見つからず、店の中を見渡した瞬間―――何かに引きつけられるように、壁にかけられた一振りの剣が目に入った。
 カウンターの裏の壁にかけられ、この店に置いてあるいかなる武器よりも異彩な雰囲気を放っているその剣に、俺は思わず見惚れてしまった。

「フランベルジュってヤツだよな、これ」

 フランベルジュ―――波打つ刀身が、まるで炎の揺らめきの様に見えることから名付けられた片手剣(ショートソード)の一種。その特殊な刀身は、肉を引き裂き止血しにくくするため傷も治りづらく、『死よりも苦痛を与える剣』としても有名だ。
 だが、俺が惹かれたのはその独特の刀身の形ではなく、刀身そのものだった。
 このフランベルジュは、名前の由来となっている『炎』を連想されるほど鮮明な紅蓮の輝きを放つ、見たこともない紅い鉱石によって造られていた。

「見れば見るほど不思議な剣だ……」

 持つだけで力が沸き上がってくるような不思議な感覚。素人の俺にすらただの剣じゃないとわかるこの一振り、これが俗に言う魔剣とそういう類の武器なんだろうか?
 剣を構えてみると、自然に体が動いた。
 俺は本能的に動く体に身を任せ、軽く剣を振るう。振るわれる剣筋には、火の粉のような残滓がいくつもの軌跡を作った。
 淀みない動作、流れるような剣捌き、剣の使い方すら知らない素人の動きではないと、自分でも理解できる。
 だが、不思議と俺の頭から次々とイメージが溢れ出してくる。構え方、力の込め方、体捌き、全てが自然で無駄のない効率的な動きかた。
 それはまるで、剣が直接俺に教えてくれているような不思議な感覚だった。

「ははっ、コイツはすげえ! 魔界の武器ってこんなすごい力を持っているんだな」

 すっかりこの剣を気に入った俺は鞘ごと拝借して肩からさげる。不思議な剣の力に魅せられ、これなら勝てるのではないかという自信すら湧いてくるほどだ。

「待ってろよコウ。今すぐ助けてやるからな」

 武器屋から出た俺は、再度慎重に大通りの一個手前の通りを目指しながら作戦を考える。
 さてどうすればいい?
 先程の様子を思い出すと、やはり問題となるのはコウを捉えているブルーの存在だ。だが、ブルーは家の壁に背を向けていたので、先程考えていた背後からの奇襲方法が取れそうもない。
 背後を壁で隠し、前方からはもちろん左右からも死角のない敵に一体どうやって奇襲をかける? 失敗の許されない、一回限りの奇襲を成功させるには一体どうやればいい?

「前後左右は守りを固められているなら他に空いている……そうか!」

 俺は自分が見を隠している建物の屋根を見上げた。
 幸い、この村の建物は殆どが平屋であり、ちょっとした台でもあれば、屋根に登ることも難しくはなさそうだ。

「そうと決まれば……お、ちょうどいい物があるな」

 俺は家の脇に積み上げられていた木箱が目に入った。
 この木箱を一箇所に積み上げて、それを足場にして……よし、なんとか届きそうだな。

「よいしょ……っと、後は見つからないようにタイミングを計らないと」

 屋根の上に身を潜め、通りの状況を見渡す。
 通りの中央には相変わらず魔道士の口を割らせようと躍起になっているレッドと、魔道士を取り押さえるイエロー。そしてレッドのすぐ脇、俺が身を隠している家の真下にはコウを人質にとっているブルー。
 この三人を挟むように、レッドの数メートル後ろでブラックが、その反対のイエローの後方にはピンクが、それぞれ村人を見張っていた。
 改めて状況を見ると、そこまで不利な状況じゃないことに安堵する。今でこそ身動きの取れない均衡を保っているように見えるが、それもコウという人質が居るおかげだろう。
 少数で攻め入った事が災いしたな、監視の目が少なすぎる。

「よし、これならうまくいくかもしれない」

 俺は余計な音を立ててバレてしまわないよう、慎重な動作で前もって用意していた小石をポケットから取り出す。狙いはこの家の向にある家の窓だ。
 気をそらすのは一瞬でいいが、全員の気をそらさなければならない。そのためには多少目立つ音でなければ意味はなく、下手に壁に当たって気付かれなければ本末転倒だ。
 ここから向かいの家まで距離は七~八メートルといった所か。体勢も悪く、コントロールには少し自信がないが、こんなところでミスるなよ?
 俺は成功を祈りつつ、身体を伏せた体制から腕の力だけで小石を投げる。俺の手から離れた小石は、目標通り向かいの家の窓へ目掛け一直線で―――
 カン!
 ―――よし、当たった!

「誰だ!」

 レッドの声を合図に、その場にいた全員の視線が音の発生源へ集中する。
 全員の気が、コウからそれた!

「今だ!」

 俺は一瞬の隙を見逃さず、背中からフランベルジュを引き抜いた。

「行っけぇぇぇっ!」

 ブルーの頭上目がけて屋根から飛び降りる。それに気づいたレッドが振り返り、俺の存在を確認する。
 だが、もはや手遅れだ!
 完全な不意打ちの成功に、レッドの顔が驚愕に……変わらない!?

「先程からコソコソしているネズミが一匹、気づかないとでも思ったかい?」
「な……!?」

 ブルーが上を見上げ、すでに回避行動に移っていた。
 まさか、気づかれていたのか? 一体どうやって?
 ダンッ!
 俺の上空からの一撃は虚しく空を切る。予想外の展開の驚きから、少しだけ着地をしくじり俺の両足に強い痺れが襲いかかる。

「くっ!」

 痛みに一瞬だけ表情が歪み、次の瞬間には俺の目の前に青色の足が迫ってきていた。
 ドガッ!!

「がはっ!」

 顔面に鈍い痛みが走り、俺は吹き飛ばされるように後方へと転げ回った。
 くそ、頭はクラクラするし…‥視界がチカチカして定まらない。

「馬鹿者、なぜ来たんだ!?」
「っつぅ……ほっとけなかったんだよ!」

 転がった先に魔道士がいたので、お怒りの声が飛ぶ。
 反論したいが、こんな状況を生み出しておいて何も言い返せない。

「ブルー、他には?」
「安心していいよ、どうやらこいつ一匹のみたいだ」

 それよりどうしてバレたんだ?
 陽動だってうまく行ったし、タイミングだって決してミスっちゃいなかったのに、一体どうして?

「『音』だよ。僕の強化スーツの性能の一つでね。周囲の音を機敏に聞き取り、索敵能力が高い特徴があるんだよ」

 まるで俺の考えを読んだと言わんばかりにブルーが告げる。
 その顔には余裕の表情が浮かび、完全に見下されている感じがして気分が悪い。

「ってことは、俺は最初からバレバレだったってことか?」
「そのとおり。だけど僕らはここから動くことが出来ないからね、キミの方から出てくるまで待たなくちゃいけなかったんだよ」

 ブルー以外に気づいていた者はいなかったし、どうやら敵は一人一人特別な力を持っているようだ。
 くそ、なんて厄介なんだ。誰だよ、そんな強化スーツを作ったヤツは!

「しかしこの人間は何者だ、見たところ魔力も持っていないようだが……」
「知らんな。どうせ魔界に迷い込んだ人間がこの惨状を見て正義感にあふれて行動に出ただけだろ?」
「そんな事はなかろう、彼は明らかに我らに敵意を向けているんだからな」

 レッドが俺に視線を向ける。その様子から察するに、どうやら全部バレてしまっているようだ。その視線はまるで俺自身を値踏みするようにじっと凝視していて、なんだか気持ち悪い。
 なんだコイツ、一体何のつもりなんだよ?

「ふ、なるほど。どうやらこいつが答えのようだな」
「……く」

 レッドは俺の正体にいち早く感づいて小さく笑い、逆に魔道士は悔しげに声を沈ませる。
 最悪だ、どうやら俺の失敗によって事態はさらに悪化の一途を辿ってしまったらしい……

「しかも全て知っているワケではないとみた。そこの人間よ、元の世界に戻る方法を教えてやろうか?」
「……え?」

 レッドの突然すぎる申し出に、一瞬だけ理解が遅れた。
 元の世界に戻る方法? 今、ヤツはそう言ったのか?

「聞こえなかったのか? 元の世界に帰る方法を知りたくはないかと聞いているんだ」
「ホントか、元の世界に帰る方法があるのか?」

 帰れるのか? 俺はすぐに帰ることが出来るのか?
 半ば帰ることを諦めていた俺に、再び希望の光が点った。
 受け入れようとしていた魔界での生活を、送らなくてすむのか?

「ふむ、やはりその様子だと知らされていなかったようだな。全く下賎な魔族のやりそうなことだ」
「やめろ、耳を貸してはダメだ!」

 魔道士の制止の声が飛ぶ。その声にはいつもの冷静さの欠片もない。
 まさか何か知っているのか?
 魔道士は何らかの方法を知っていて、それで俺に隠していたのか? どうしてだ、元の世界に戻してくれると約束していて、なぜなんだ?

「教えてくれ、どうやったら元の世界に戻れるんだ?」

 俺はその声に構わずレッドに尋ねた。本当に帰ることが出来るなら、俺は知りたい。
 幸い、まだこっちに来てから一日だ。今すぐ戻れば俺はいつだって日常をやり直すことが出来るんだ。

「いいだろう人間、方法は簡単だ。キミがそこの召喚者を始末すればいいんだ」
「……」
「なん……だって?」

 俺が、魔道士を……?
 俺はショックで呆然としながら、魔道士に視線を向けた。魔道士は無言のまま俯き、その体はかすかに震えている。
 それだけで、魔道士のその反応だけで俺は理解する。はは……どうやら、それは真実らしい。

「考えてみろ、召喚なんて都合のいい魔法に何のデメリットもないわけがないだろう? 無理やり呼び出された者が、召喚者によって無理やり酷使される外法だ。そんな勝手が許されるわけがない。召喚とは魔族が一方的に他者を縛り付ける低俗な暴力だ」
「だからボクら召喚者も対価を払っている! 召喚対象に魔力を支払い、彼らはその魔力で力を得ているではないか!」
「ではそこの人間のように魔力を持たない世界の者が、何も知らないままに呼び出された場合はどうなるんだ? 彼らに魔力を支払ったところで、魔力が使えない彼らが得られるものなど何もないではないか?」
「それは……」

 何の話をしているんだ、こいつらは?
 正直ショックが大きすぎて話が全く理解出来ない。未だ真っ白になった頭は再起動の最中だ。
 こんな時こそ落ち着け、落ち着いて頭の中を整理するんだ。魔道士とレッドは言い争っていた、召喚魔法についてだ。
 都合のいい魔法? デメリット?
 他者を縛り付ける? 対価の支払?
 どうでもいい、そんなことはどうでもいいんだ。俺が知りたいのはそんな事じゃない!

「どういう事なんだよ、あんたら二人で何勝手に話を進めているんだ?」
「そうだな、話がズレてすまなかった。召喚者は召喚対象にいかなる命令を下すことが出来る、それがたとえ召喚対象の不都合な命令であっても、理不尽な命令であってもだ。そして召喚対象はその命令を拒む事が出来ない、なぜなら遂行しなければ自分の居場所に帰ることすら許されていないんだからな」

 そこだ、今まさに置かれている状況はそこだ。
 俺が呼び出された目的は『魔界を一つに出来る、魔王の資格を持つ者』を呼び出すこと。だが、俺にそんな願いを叶えることが出来るわけがない。
 だから俺は願いを遂行する以外の方法で帰る道を探そうとしていた。
 なのになぜだ? なぜそこで魔道士が死ねば俺は帰ることが出来るという答えが出てくるんだ?

「だが、たった一つの例外が存在する。その例外こそが『召喚者の死』だ。召喚者が死ぬことにより、召喚対象はその命令から解放され、元の世界に帰還することが許される。そのルールがあるからこそ、召喚者は呼び出すことが出来る対象を『自分より弱き者』か『自分の望みに賛同する者』、そのどちらかの条件が当てはまる者しか召喚できないようにしているのだ」

 確かに都合の良すぎる魔法とは思っていた。
 だってさ、漫画やゲームだったらまず契約から始めるだろ? 私を倒した者にしか従わない、みたいな感じでさ?
 だけど、魔道士はそれをすっ飛ばして俺を呼び出した。俺の意志もまるで無視だ。
 きっとそれは俺以外にも同じ経験をした者が居るというわけか。そして、召喚者の命を奪って帰還した実例も少なからずあったということなのか?
 はは、なるほど……だから魔道士は俺には言えなかったのか。そりゃ、こんな話し普通出来ないよな。

「さあ人間よ、その剣を持ってそこの忌まわしき魔族の首を切り落とせ。キミにはその権利がある」
「俺が……こいつを?」
「……」

 不意に、フランベルジュを握る手に力が入る。
 ここで俺がレッドの言うとおりにすれば、俺は元の世界に帰ることが出来るのか? こんな馬鹿げた出来事から開放されるのか?
 ドクン―――
 心臓が大きく高鳴った。
 震える手で、俺はフランベルジュを振り上げる。
 振り上げた軌跡は赤い残滓を生み出し、そして儚く消えていった。それはまるで、小さな命の灯火が消え行くように……

「兄ちゃん、やめてくれ! 兄ちゃんはそんな事出来る人間じゃないんだろ!」

 コウの叫び声が聞こえる。昨日なんとなく俺が本音を語り聞かせた少年は、未だ純粋な心で俺を信じていた。
 ああ、よく分かっているじゃないか。
 見も知らず、種族さえ違う俺のことを少年はちゃんと理解してくれているじゃないか。悪いが俺は、流されるままに巻き込まれるのだけは真っ平御免なんだよ。

「わかった、お前の好きにするんだ」
「ああ、そうだな。俺の思うとおりにやらせてもらうよ」

 魔道士は覚悟を決めたのか、上げていた顔をゆっくりと下げた。その姿にはもはや抵抗の意思はない。
 ドクン―――
 やってしまえばもはや後戻りはできない、覚悟を決める時だ。

「行くぞ!」

 俺はそのまま、迷うことなく剣を振り下ろした。

「なっ……くそっ!」

 振り向き様に不意を付いた袈裟切りの一閃。
 一歩半という距離があったせいで完全に捉え損ねはしたものの、俺の手には確かに相手の肉を切り裂く感触が残っていた。

「人間よ、血迷ったか!」

 既の所で俺の動きに気づいたブルーは、咄嗟の反応で致命傷だけはうまく避けたようだ。だが右腕には大きな傷が残っていることを確認できた。
 コウという人質のせいで動きが遅れ、ざっくりと切り潰された傷口からは青色の強化スーツとは対照的な鮮血が滴れ落ちていた。
 よし、今はそれで十分だ。

「今だコウ、逃げるんだ!」
「あ……うん!」

 すでにコウを捉える束縛の手はない。
 俺の声で我に帰ったコウは走りだす、安全な場所を目指して。

「逃がすか!」
「どこを見てやがるんだっ!!」

 コウを追いかけようと手を伸ばすブルー。
 だが、俺は先程の斬撃からすでに追撃の体勢に移っていた。

「追わせるかよ!」

 俺は振り下ろしたフランベルジュを左手に残し、右手の肘を突き出してそのまま勢いに乗った体当たりを繰り出す。

「がはっ……!」

 俺は蹴りの仕返しと言わんばかりに脇腹に深々と肘を突き刺し、そのまま勢いに乗って魔道士を取り押さえているイエローになだれ込む。

「なっ!?」

 コウは無事家と家の間の狭い路地に隠れ込むのを横目で見届け、そのまま左足を軸に体を反転させて勢いをつけ……

「ついでだ、これでもくらえ!」

 ブルーを受け止める体制となったイエローの側頭部目がけて綺麗な回し蹴りをおみまいする。

「ぐっ、あ……」
「魔道士お前もだ! そのままコウと一緒に避難していろ!!」
「ぐぅ……す、すまない」

 イエローは声にならない声を上げ、ブルーと重ね沈むように倒れこんだ。なんとか魔道士とコウを解放し、ホッと一息と行きたいところだがまだ何も終わっちゃいない。
 おまけに一連の動きはかなり無茶な姿勢から行ったため、右肩から肘にかけて若干の痛みが残ってしまった。

「どういうつもりだ人間?」

 人を見下すような、冷たく鋭い視線が向けられる。その言葉には静かな怒りが込められおり、向けられる視線は侮蔑半分、怒り半分ってところか?
 だがな、俺はお前らのそんな上から目線の態度も気にくわないんだよ!

「決まっているだろ、俺はそこまでして帰る気はないって意味だよ」
「愚か者が、まさか今魔界の置かれている状況まで知らないとでもいうのか?」
「知っているさ。だけどそこの魔道士はな、そんな状況の中でも俺を元の世界に帰す方法を見つける約束をしてくれたんだ。自分はもっとでかいものを背負っているくせに、それでも俺のことまで背負い込もうとしてくれたんだ!」

 そう、だから俺は信じることにしたんだ。こんなバカな奴だからこそ、俺は手伝ってやりたいと思ったんだ。
 例えそれが戦争に巻き込まれる結果になってもだ。

「だから俺は魔道士を信じる! 魔界からお前ら天界軍を追いだしてからでもいい、その後でも必ず俺を元の世界に戻す方法を見つけてくれると、俺は信じているんだ!」
「なるほど、よくわかった。ならば先に貴様から葬ってくれる!」

 言葉では通じないとようやく理解したのか、レッドが静かに牙を向けた。
 やれやれ、これじゃあどっかのボス戦前の会話みたいじゃないか。まあこれからが本番だし、あながち間違ってはいないけどな。

「人間よ、最後に一つだけ問う」
「アンタもしつこいな、何を言っても答えは変わらないぞ?」

 レッドは静かに右手を腰元に構え、抜刀の構えを取る。だがレッドの腰には刀はおろか、その強化スーツには何一つの武装もなく丸腰だ。
 一体何を繰り出してくるつもりだ?

「なぜ貴様は下賎な魔族の味方をし、我ら天界に立ちはだかる?」

 なんだこいつ……丸腰なのに全く隙が感じられないじゃないか。
 むしろその洗練された空気は、達人の放つ闘気の様なものを感じさせる。
 間合いに入れば斬り伏せられる。そんな鋭く冷たい気配に、フランベルジュを構える両手が小さく震えた。
 本能が強く警告する、この男は間違い無く強敵だと。

「俺からしたらアンタら天界軍の方がよっぽど下賎な輩だよ」

 俺はレッドの動向に注意を払いつつ答える。
 魔界側が何をやってきたかは知らないが、この一件は間違い無くこいつらの行為が許せない。だから俺は一歩も譲らない。

「そうか、ならば我らの正義の為にお前に消えてもらおう」
「正義ねえ、子供を人質にとっていたくせに大層なお言葉だな」

 皮肉を込めて返す、正直これが今の精一杯。さっきから震えを悟られないように気を張っているが、隠しきれているかさえ怪しいところだ。
 シンと張り詰めた空気が息苦しささえ覚えさせられる。
「はあ、はあ……くっ」

 立っているだけで気力が消耗されていく、この空気の重さに気が参りそうになる。
 高まる緊張感が限界に達し、額に滲んだ汗が頬を伝う……そこから流れ落ちた一滴が地面に落ちた、瞬間。

「行くぞ!」
「しまっ―――」

 一瞬の気の緩み。レッドの手元が光ったと思った刹那―――
 ガキンッ!!
 激しい金属音、剣と剣がぶつかり合い小さな火花が散った。
 完全に反応しきれなかった俺だが、運良く体だけが自然と動いて初撃を防ぐ。瞬き一つにも満たない一瞬の油断。その瞬間の隙の中で、レッドは目前まで迫っていた。

「くっ!?」
「私の秘剣『次元抜刀』。偶然とは言え初見でよく防いだな、驚いたぞ」

 俺の目の前で右手を振り抜いたレッドが静かに笑う。その右手にはいつの間にか大刀が握られていて、俺の右腹数センチという場所でフランベルジュと交錯していた。
 なんだ、こいつの攻撃は?
 まず驚いたのは速度だ。五メートルは離れていた距離を、瞬きひとつ出来ないほどの瞬間で詰めてきやがった。
 そしてなにより、こいつはどこからこの武器を取り出した?
 先ほど丸腰だったはずだったじゃないか、なのにいつの間にこんな大刀を持ち出したんだ?

「だが、次は防げるかな?」

 レッドの目の前には光の渦のようなものが発生し、手にしていた大刀が吸い込まれて消えていく。そして再び、中腰に構えて抜刀の姿勢を取る。
 何だあの渦は、あれがレッドの魔法か何かなのか?
 いや、それよりもさっきのあれがまた来る。先程は咄嗟に体が動いて運良く防げたか、次も防げる自信なんて一つもない。

「ならば……」

 俺はレッド目がけて駆け出す。相手が抜刀術を使ってくると事前に知っているなら対処はそう難しくない。
 近接距離。抜刀できないほど接近すれば、相手の動きを制限でき……

「そう、初撃を防いだ者は皆そう動く。これほど単純な動きに、何の対策も立てぬはずがないだろ?」

 突然、目の前のレッドの姿が消えたと思った瞬間、背後から聞こえる声に背筋が凍りついた。

「なっ!?」

 本能が叫ぶ、立ち止まるなと。俺は振り向くこともせずに、そのまま速度を殺さずに前に飛び込み前転するように身を丸めた。
 風を切る音と同時に、先程まで俺がいた場所に真一文字の閃光が走る。

「よくぞ避けた、あのまま振り返っていたら、今ごろ胴体は真っ二つになっていただろう」

 俺は地面を転がりながら、受身を取る。
 考えろ、何が起きたのかを。見極めるんだ、レッドの攻撃のカラクリを。
 一瞬のうちに背後に回りこまれ、そしてどこからともなく現れ振るわれる大刀。
 直前にレッドが動いた気配はなかったにもかかわらず、一瞬のうちに背後まで回りこまれていた。俺の視線は一瞬足りともレッドから外れていないにもかかわらずだ。
 だとしたらまさか……

「休んでいる暇はあると思うなよ?」

 またすぐ近くからレッドの声が聞こえる。今度は右からか!
 俺は咄嗟の判断で身を屈め、左から振るわれた斬撃をやり過ごす。

「ったく、考える時間くらいよこしやがれ!」

 しかも今のは声とは逆位置からの一閃。受けに回っていたら、確実に首を落とされていたぞ。
 だがおかげで確信した、こいつの能力の一つは瞬間移動の類と見て間違いがない。
 だから先程から突然姿が消えて、別の位置から突然斬撃が飛んで来るという芸当が可能になっているんだろう。
 俺はそうであると結論づけ、正面以外にも備えられるよう周りにも気を配った。

「その様子、私の『短距離空間跳躍(ショート・ジャンプ)』に気がついたか」

 短距離空間跳躍ってことは、おそらく短い距離だが瞬時に空間跳躍出来るといったところだろうか。
 っつーかなんだよそれ、接近戦では無敵のチートスキルじゃねえか。そんな強力な必殺技を一番最初のボスが使ってくるとか反則だろ。
 だが泣き言は許されない、とにかく今は逃げるしかない。せめてこの厄介な『短距離空間跳躍』の弱点を見つけ出さなければ、俺に勝ち目はない。

「そうだ、もっと逃げ回れ。仲間が負った傷の借りはきっちり返させてもらうぞ」

 ガガンッ!!
 頭上から振り下ろされた二つの斬撃を、腕の力だけで動かしたフランベルジュで受け流す。

「っつ~~~……」

 無理な体制で受けた反動か、フランベルジュを握る手に強い痺れが走る。
 とにかく今は止まっていたら危険だ、せめて動きまわって的を絞らせないようにしないとダメだ。

「そうだ、醜い魔族のように地べたを這いずりまわれ!」

 くそ、こいつわざと遊んでやがる……
 こいつはその気になればいつでも俺を切り伏せることが出来る力を持ちながら、わざと嬲るようにギリギリ防げる程度の斬撃しか繰り出してこない。歪んだ笑みで嗤いながら。
 もしかしてこいつって相当なSっ気の持ち主か? だとしたら最悪だ、どんだけ歪んでいるんだ……

「アンタさっきから魔族がどうの言ってるけどさ、さすがに偏見持ち過ぎじゃないのか?」
「偏見などではない、薄汚く下賎な魔族など存在そのものが罪だ! だから私が神の代行者として、正義の名の下にヤツらを打ち滅ぼすのだ」

 怒号と共になおも斬撃の雨は降り止まない。
 ガガガン、ガガッ!!
 それでも俺は必死に身を捻り、フランベルジュを掲げてやり過ごす。
 だが、当然無茶な体勢で防ぎきれる優しいものではない。腕が、足が、脇腹が、次々と鋭い痛みと共に鮮血に濡れていく。

「っつぅ……だからそれが偏見だって言っているんだ! アンタは一方的に魔族を否定しているように見えるけど、少し魔族を理解しようとはしないのか!」

 それでも俺は反撃を試みる、やられているだけでは命がいくつあっても足りない。
 しかし仰向けの体勢から振り回すフランベルジュは空を切り、新たな抜刀の溜めを遅らせる程度の時間しか稼げない。
 息が上がっていく。それでもなお俺は這いずり、転がり、剣を振り上げる。休む間もなく降り注がれる死の恐怖から逃れ続けるだけで、俺の体力はどんどん削られていった。

「理解する必要などない! 魔族は皆利己的で、己の欲望のためだけに他者を傷つける愚者ばかりだ! ヤツらの使う召喚魔法、それがヤツらの生き方そのものだ!」

 っくそ、酸素が欲しい、血が足りない。
 ガンッ!
 振り下ろされた大刀を受け、鍔迫り合う。
 仰向けの体勢じゃ力が入らない。このまま押し込まれ続けたら間違い無く力負けしてしまう。
 なんとか、抜け出さないと……

「少なくともこの村の人達は違う。別の世界からやってきた俺を優しく迎えてくれた。魔界について右も左もわからない俺に、温かな料理を作ってくれた!」

 俺はレッドの腹部目掛け手足を蹴り上げる。が、レッドは数歩後ろにステップを踏むだけであっけなく空を切る。
 だが俺はそのまま反動をつけて、両足の反動と腕の力で身を起こす。

「よっと……たあっ!」

 両足が地につき、しゃがんだ溜めを利用してそのまま前に駆け出し、フランベルジュを頭上まで振り上げる。
 ガキンッ!
 振り下ろされた時に生まれた紅い軌跡が大刀とぶつかり合い、煌めく残滓と火花が飛び散った。
 決死の想いでつかんだ、ようやく見出した反撃の糸口だ。
 だが、もはや俺の体は悲鳴を上げていた。体が酸素を求めて肩で息を繰り返し、痛みと共に流れる血の多さは視界を霞ませる。これはちょっと、本格的にやばいかもしれない……

「少しはやるようだな。だが、元より私はお前と論ずるつもりはない。例えお前が罪なき人間だろうと、魔族に組みした時点で同罪だ。我らが正義の下に貴様も滅してやろう」

 はあ、だからなぜ自らを正義と主張するやつはこうも傲慢でしかないんだろうか?
 自らの主張、理想に揺るがないことは立派だと思う。だが過ぎた思想は時として悪になるし、なによりそれは人に一方的押し付けるものではない。
 互いに歩み寄ることで理解し合い、手を取り合うものではないのだろうか? 一方的意見の押し付けは、ただの暴力と何ら変わらないとなぜ理解出来ない?

「俺は、そういう考えが大嫌いなんだよ……」

 ぼやける頭で、もう思考が今ひとつ纏まらない。
 もう考えることもしんどくなってきた、頭は真っ白で空っぽだし。
 はは、俺はもうダメなのかな?

『……えよ』

 ―――どこからか、声が聞こえた気がした。

「人間、もはや貴様に理解させようなど思わん! 自分の取った選択を後悔しろ、あの世で神に懺悔するといい!」

 目前にレッドの姿が現れる。少し引き気味に構えられた大刀が、俺の体を目がけて真っ直ぐと突き出された。
 まずい、抜刀じゃない!
 初動で相手の突きを察知した俺の頭は、全力で避けろと警告を発した。線を描く抜刀と違い、点で迫り来る突きを防ぐのは圧倒的に難しく、俺の技術ではまず叶わない芸当だ。
 危ない、避けないと……
 だがその回避行動に移ろうとした瞬間、急に膝から力が抜けた。

「えっ……?」

 突然、世界が水中に引き込まれたようにゆっくりとした動きに変わった。目の前に迫る神速の突きが、刻一刻と迫り来る。
 だが体は動かない。完全に体勢を崩していた俺は、もう、避けることさえ叶わない。

「終わりだ、人間!」
「がぁ、はっ……」

 ズンッ!
 強い衝撃と共に、肉に突き刺さる嫌な音が聞こえた。
 気が遠くなるような痛みが走り、腹部に燃え上がるような熱さが帯びる。
 突き刺された刀が抜ける音。支えを失った俺の体は、ゆっくりと重力に引き寄せられる。

「つ、よすぎ……る」

 魔法とか、力とか、技能とか、そもそもそれ以前の問題だった。片や『戦いの中でその力と技を磨き上げ、今日まで生き延びた者』、片や『今まで平凡な世界に生きていて、今日初めて剣を持った者』。
 埋めることのできない圧倒的な経験値の差が、最初から勝敗を決していた。
 ドサッ。
 地面に倒れ込んだのかな?
 目の前には平らな地面が横向きに広がっている。もう痛みは感じられない。
 ただ、突き刺された腹部が熱を持っていることが、かろうじて分かった。このまま目を瞑れば、それで終わっちまうのかな?

「そのまま眠れ。そして安らかなる死を」
「死ぬな、死んじゃダメだ!」
「兄ちゃん、死なないでくれ!」

 遠くで魔道士とコウの声が聞こえる。更に遠くで村人達のざわめきの声も……
 静かにしてくれ、俺はもう眠い……んだ。

『……き上がれ』

 ―――また、声が聞こえた。
 でもそんな事はどうだっていい、もう俺は疲れたんだ。休ませてくれ……

「あ……くっ」

 だけど体が勝手に動いた。俺の意思に反して。

「む……?」

 剣を握る、体を起こす、膝をつく。
 ―――なぜ動くんだ?

「兄ちゃん……?」

 剣を地面に突き刺す、両手で柄を持ち、剣に体を預ける。
 ―――なぜ諦めないんだ?

「もういい、起き上がらなくていい! すぐに回復してやるから待っていろ」

 魔道士の気配が近づいてくるが、俺は手で制する。声はすでに枯れている、だから動作だけで魔道士に意思を伝える。
 来なくていい、必要ない。
 すでに俺の思考と体は、まるで別々の意思を持っているように動いた。俺はまるで他人ごとのように、自分の体の動きに身を委ねることしか出来なかった。
 ―――どうしちまったんだろう、俺は何をやっているんだ?

『起き上がるんだ、そして我が声に応えよ』

 鈍く響く、重たい声が聞こえる。
 ―――誰?

『極限状態になってようやく我が声が届いたか』

 ―――頭から声が……誰なんだ、どこにいる?

『我は先程から汝のそばで、共に戦っていたではないか』

 ―――共にって、まさか?

『そう、我はその魔剣スカーレット・テインに宿る者。汝に資格があるのなら、我はその求めに応じて汝の力となろう』

 ―――資格? 資格ってなんの話だよ?

『汝が魔王の器に足るか否か、必要なものはそれだけだ』

 ―――あんたも魔王か。いい加減にしてくれよ、俺にそんな資格なんか……

『資格を得るだけの資質があるからこそ、汝は魔界に召喚されたのだ。あとは汝どう立ち向かうかにかかっている』

 ―――俺に資質? 冗談はよしてくれ、今にも死にそうなこの俺が魔王の器だと?

『汝が我を呼び出し、我の力を引き出せれば不可能ではない』

 ―――なんだよ、逆転の手立てでもあるってことかよ?
 見ての通り体は死に瀕している。立ち上がることも出来ず、ただ剣に体を預けているに過ぎない。
 それでもここから逆転できるというなら、その奇跡とやらを見せて欲しいものだ。

『それは全て汝次第だ。汝に真なる魔王の資質があれば、この状況の打開など取るに足らぬ力を得るだろう』

 ―――いいぜ。どうせこのままでも死ぬのを待つだけなんだ。だったらあんたの言う資質があるか試してやるさ。

『よく言った。ならば我の言葉に続き、我を呼び出してみろ』

 急に体に重さを感じ、倒れそうになった体に力を込め必死に剣にしがみつく。
 今まで別々だった俺の意思と、俺の体が再び一つになった。

『深き大地に宿る深淵の灯火よ―――』
「深き大地に、宿る……深淵の灯火よ―――」

 一言目を追った瞬間、俺の中の世界から音が消えた。場はまるで時間が止まったかのように静まり返り、頭に響く声だけが唯一の生命の躍動を持っていた。
 頭の中に響く誓約の言葉を、小さくかすれた声で追うように続ける。その一語一句を口にするたびに、冷え切った体に再び命の熱が灯った。

『紅蓮に煌めく命を焦がし、燃え上がる炎を誓約とし、我が求めに答えよ』
「紅蓮に煌めく、命を焦がし……燃え上がる炎を、誓約とし、我が……求めに答えよ」

 さらに続く言葉を紡ぐたびに、剣を握る手に、地についた膝に、倒れ伏せそうになった体に、力がこみ上げてきた。

「なんだこれは、貴様は何をしている!?」

 俺の異変に気づいたレッドの叫びが聞こえる。
 だが、もう遅い。
 この尋常じゃない魔力の猛りに、この場にいる誰もが驚きを隠せずにいる。すでにこの場は一つの大きな力の流れに飲み込まれていた。

「我は命ずる、その炎獄より生まれし焔をもって我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 目覚めよ、古の盟約に従えし五つの力の象徴が一つ、紅蓮の魔人『イフリート』!!」

 詠唱を終えると、俺の体を通して魔界と異界が繋がったことを感じ取った。
 これが、この二つの世界を繋げる力が召喚魔法なのか?
 目を見開いた瞬間、魔剣スカーレット・テインの紅い刀身が、村ごと包みこむような強い光り輝きを放った。

「く、なんだこの光は……?」

 すぐにその輝きは収束し、一筋の閃光となって地面に伝わり、その紅き軌跡は大きな魔方陣を描いく。

「馬鹿な、たかが人間がどうやって!」
「まさかあいつが、魔人召喚だと……?」
「すげえ、すげえよ兄ちゃん!」

 驚愕、戸惑い、興奮、三者三様の反応を前にしながら俺は心の中で自身の感想を漏らす。
 いや、一番驚いているのは俺だから……

『グオオオオオオオオォォォォォッ!!!』

 まるで怒号のような猛り狂った咆哮が地面を揺るがし、その場にいる全ての者を張り付かせる。
 その大気を震わせる莫大な魔力、見る者を震え上がらせる圧倒的な存在感。燃え上がる紅蓮の炎を身に纏い、魔人と呼ばれる魔王の使者が魔界に降り立った。
 はは、本当に出てきたよ……何でもありだな。
 俺は自身が呼び出してしまったこの魔人の姿を見て、もはや現実味の欠片もない夢の中にいる気分だった。

「魔王の盟約に従い馳せ参じた。新たな魔王よ、我に誓約の名を」

 魔人は、その力強く荒々しい獣を思わせるその風貌のわりに、紳士的な態度で俺に一礼する。
 なんだ、意外に礼儀正しいヤツだな。明らかに俺のほうが弱そうなのに。

「誓約の名?」
「そう、それは主と我の魂を繋ぐ誓いの儀式。此れを以て我の力は主の物となるだろう」

 ああ、ゲームみたいにいつでも呼び出せるようになる儀式みたいなものか?
 しかし、そいつは助かった。我を倒して力を証明せよとか言われでもしたら確実に無理だからな。

「なるほど、わかった。そうだな……『イフリティア』なんてどうだ? 紅蓮魔人『イフリティア』。うん、なんだか悪の秘密結社の将軍と部下の怪人って感じがしていいな」
「イフリティアか。その『悪の秘密結社』なるものが何かは知らぬが、いい名だ。気にいったぞ主」

 誓約の名に満足してくれたのか、イフリティアは俺が送った名を噛みしめるように呟いた。
 はは、なんだこいつ、見た目のわりにすげーイイヤツっぽいぞ。

「我が名は魔人イフリティア。主より授かった名の下に我が力、我が魂は主の物となり、その生命尽き果てるまで永遠の忠誠を約束しよう」
「ああ、頼りにしてるぜ」

 ぶっちゃけた話、俺なんかが主でいいのかという疑念が残るものの、これ程心強い戦力が加わってくれるのはありがたかった。

「して、主は我に何を望む?」
「そうだな、アンタは強いのか?」
「愚問だな。この地に満ちる炎のマナがあれば、そこにいる連中を消し炭にするのもたやすいことだぞ」

 消し炭って、怖いな……こいつを怒らせたら俺も同じ目にあったりするんだろうか?
 だが、これぐらいの気概があるのは頼りになる。ここはその力を存分に発揮してもらおう。

「だったらレッド以外のヤツらを倒して、村の人達を解放しておいてくれないか? もちろん殺さない程度に」
「全員ではないのか?」
「ああ、あのレッドは俺がぶん殴るってやる!」

 アイツだけは許さない。さっきからさんざんコケにされた挙句にいたぶられ続けていたんだ。
 それにアイツは魔道士をあんな酷い目にあわせやがったんだ、戦いを挑む前からこの俺が一発ぶん殴ってやると心に決めていた。

「なるほど、面白い。なかなかの気概だな、我が主としてはそうでないと困る」

 俺の意気込みが気に入ってくれたのか、イフリティアは満足したように頷いた。
 なんだかこいつとは結構話が合うな。性格とか似てそうだし、案外気が合うんじゃないだろうか?

「しかし、なんだこの不思議な感覚は。まるでさっきまでの自分じゃないみたいだ」

 死に瀕していたはずの身体はいつの間にか力を取り戻し、それ以上にみなぎる力が俺の身体を満たしている。
 その圧倒的なまでの燃え上がる昂ぶりは、もはや誰にも止めることは出来ないだろう。

「主よ、それは『共感強化(リンク・ブースト)』と呼ばれる誓約の副産物だ」
「『共感強化』?」

 また新たに出てきた単語に首を傾げる。

「そう、誓約を交わしてできる魂の繋がりは一方的な物ではない。主が我に魔力を与えると同時に、我の力もまた主のもとへと流れこむ」
「ようするに、俺がイフリティアの力の一部を使えるってことか?」

 それって俺自身が強くなるってことか?
 しかも力を分けてくれる相手が魔人か。そりゃすげえ、一気に大幅レベルアップで俺も即戦力になれるってわけだ。

「そう理解してもらって構わない。そして我が誓約によって得られる力は、純粋な我が『力』、我が培った『戦闘経験』だ」

 要するに最初に浮かんだ構えから体捌き、戦い方のイメージをくれたのもこいつのおかげってわけか。

「なるほど、だから魔剣スカーレット・テインを持っていた時だけは妙に力がみなぎって、体が自然と戦いに順応していたというわけか」

 地に刺さっていたスカーレット・テインを引き抜く。
 そこにみなぎる力は、研ぎ澄まされる感覚は、もはや先ほどの比ではない。

「なるほど、これならいける。これならあのレッドを、天界軍を魔界から追い出す事が出来るってわけか」

 これほどの気持ちの昂りはかつてなかった。
 戦いたい。
 戦って、戦って、戦い抜いて、肉を喰らへと体が疼く、血で渇きを癒せと心が叫ぶ。戦い、その力を持って敵をねじ伏せろと魂が昂った。
 はは、一体どうしちまったんだよ俺は? こんなに戦闘狂だったっけ?
 まったく、力が人を変えるとはよくいったもんだ。

「思い上がるなよ人間。偶然魔人を召喚し、その力を得ただけで我ら天界に本気でにたて突くつもりか? 正義の味方気取りで舐めるのも大概にしろ!」

 激高に身を委ねたレッドが再び抜刀の構えを作る。だが、そこに先ほどの威圧感はない。
 俺はゆっくりとスカーレット・テインを構える。そこには頭の中で鮮明に描かれるイメージと、そのイメージ通りに動くことが出来る感覚が備わっていた。
 行ける、俺は心の中で確信する。今の俺にとって、レッドは新たに得た力を試すに十分な相手でしかなかった。

「はっ! 俺は昔から正義の味方ってのが大嫌いなタチなんでね、それはないわ」

 正義の味方なんて所詮、自分の周りしか救えない小さな存在なんだ。
 己の正義をかざし、そのくせ自分の知る範囲だけ護って満足しているヤツなんて虫酸が走るね。

「それにさっきからあんたは正義、正義ってね。いいかレッド、この際だからいい事を教えてやるよ」
「人間に教わることなど、何もない!」

 不意に、『短距離空間跳躍』によってレッドの姿が視界から消えた。
 考えるよりも早く体が動き、その動きに自然と合わせてスカーレット・テインを振り上げる。
 ガキンッ!
 振りぬかれるはずのレッドの大刀が、柄頭を抑えられて抜き出すことも出来ずに止まる。光の渦からは大刀の柄の部分だけが姿を覗かせ、刀身は未だに渦の奥に身を潜めている。
 なるほど、これがレッドのもう一つのトリックか。
 この光の渦はどこかの空間と繋がっていて、そこからレッドは大刀を自由に出し入れしていたようだ。だから何も無いところから大刀が現れ、抜刀が終わればすぐに大刀は姿を消していたってわけか。

「ぐうぅ、おのれ!」
「正義の味方ってヤツは全てを救うことが当然出来ない。もちろんヤツらは自覚した上でその道を進んでいる。どこかで救いの手を待っている人が居ることを理解しながら、ヤツらはそれを知り、救えないことを理解しながら正義をかざしている。あんたはそんな物が正義と思うかい?」
「黙れ! それ以上喋るな人間!!」

 無数の閃光が走る。当たればどれもが俺の命を経つ剣戟だろう。
 だが、もはやその斬撃は受ける必要すらない。

「考えてみろ。救いの手を待っている人が、見つけることが出来なかったという理由で救われない。だけど、そんな人がいてもヤツらは正義として褒め讃えられる。褒め称える側は知らなくても、褒め讃えられているヤツらはそれを知っていて口にしない」

 知っていて救わず、探しても見つけることが出来ない彼らは、間違い無く『悪』そのものだ。

「ならばそこにあるものは何だ? お前の信じる正義は、それすら救えるとでも言うのか?」

 そんな万能な存在が居るはずがない、故にそこには正義など存在しない。
 だから俺は正義という言葉が大嫌いだ。その全てが儚いまやかしの産物で、その全てが決して届くことのない人々の願望だと理解しているから。

「結局お前の語る正義など、その程度のものなんだよ」
「少し力を得た程度でよくも抜け抜けと! 我らが神を侮辱した罪、死を持って償ってもらうぞ!!」

 もはやなりふり構わないと言わんばかりに大刀が振るわれ、さながら斬撃の嵐といった力の塊が俺を襲う。
 取り囲うように前後左右から降り注ぐ嵐を前に、逃げ道はない。
 だがその全ての斬撃に、先程まであった鋭く冷たく研ぎ澄まされた必殺の力は感じられなかった。冷静さを失ったレッドの抜刀は、すでに子供が剣を振り回しているようにしか映らない。

「所詮正義なんて、自分達の都合のいい大義名分でしかないんだ! 受け取る側が変われば、それは立派な悪にもなり得る、まやかしなんだよ!」

 強い一歩を踏み込む、嵐の中心点に向けて渾身の力でスカーレット・テインを振り抜く。
 ガキンッ!

「そ、んな……」

 振り抜いたスカーレット・テインが、レッドの手に握られていた大刀を弾き飛ばす。
 静まり返った通りに、乾いた金属音が虚しく鳴り響く。

「一方的な正義感、その結果がこの惨状だ」

 確かに天界視点からすれば、彼らはいかなる手を打ってでも魔王復活を阻もうとする正義の使者だ。
 だが魔界側からは希望を摘み取ろうとする悪人でしかない。
 だから俺は自らを『悪の秘密結社』の一人と名乗る。最初から希望を持たせず、それでもいずれは魔界と天界の両方を戦争から救ってみせるために。

「まだだ! まだ終わらないぞ!!」

 本当に丸腰になったレッドが駆け出す。その形相は鬼気迫るもので、先程の冷静さなど微塵も残っていない。
 いいぜ、そのくらいにがむしゃらになったほうが分かりやすい。
 だが、俺は決して気を緩めたりはしないぜ?
 俺はスカーレット・テインを地面に突き刺し、迫り来るレッドを迎え撃つ。
 なんせさんざん溜まった鬱憤だ、この一撃は痛いぜ?

「いいかレッド、歯ぁ食いしばれよぉ!!」
「ぬかせ、人間がぁっ!!」

 だが、手加減なんてする気はねえ、全力全開の一撃を受けてみろ!
 先にレッドの拳が迫り来る。その軌道は確実に俺の急所を狙い、受ければ意識を刈り取る鋭さを持ち合わせていた。だけどこの程度にイフリティアの『共感強化』も、スカーレット・テインの恩恵も必要ない。必要なのはただの喧嘩の一撃だ。
 俺はほんの少しだけ身を屈め、振り抜かれる拳を掠めて潜り込むように―――
 ドゴッ!!
 肉と肉、骨と骨がぶつかり合う嫌な感触と共に、鈍い音が響く。俺の拳は、振り抜かれたレッドの腕を縫うように交差して、真っ直ぐレッドの顎へと吸い込まれた。

「が……あぁ」

 顎を打ち抜かれ、白目を剥いたままそのまま倒れ伏せる。

「はあ、はあ……これで終わったのか?」

 レッドは完全にのびているし、暫くは目を覚まさないだろう。俺は安堵の息を突きながら、その場にへたれ込む。
 あー、疲れた。っと、そう言えばイフリティアの方はどうなったんだ?

「主よ、見事な勝利であったぞ」
「うわっ!?」

 突然背後から声がかかって飛び上がる。
 怖ぇー……今完全に気配がなかったぞ?

「ああ、お前の方は……って!」

 イフリティアの向ける視線の先には、すでに沈黙したブルー以下三名が山のように積み上げられていた。
 戦っている間はえらい静かだと思ったが、本当に数秒程度で片付けてしまっていたらしい。

「これ全部お前がやったの?」
「いかにも。我の方はすぐに終わってしまったが、主の戦いはなかなかに良い戦いであったぞ」

 見たところイフリティアは手傷の一つも負っていない。
 二人は俺が倒していたけど、残り二人を数秒で? こいつどんだけ強いんだよ?
 というか、それなら本当に俺って必要なの? ねえ?

「ま、何はともあれ全部片付いたな―――」

 再び安堵の息を吐こうと瞬間、背中から強い衝撃に襲われる。
 その衝撃の主はそのまま襟元を掴みとり、ものすごい勢い俺の頭をがくがくとシェイクする。

「おい、大丈夫か?」

 弾丸のように飛びついてきた正体はもちろん魔道士だ。
 かなり心配掛けてしまったようだが、鬼気迫ると言わんばかりの勢いで問い詰めてくるのは少し怖い。

「答えろ、大丈夫なのか? 意識ははっきりしているのか!?」

 いや、凄く心配してくれていたのは分かったけど、疲れているんだからもっと優しくしてよ?
 しかもそんなにガクガクしないでくれ。頭が振られてまともに喋ることも出来ないし、このままじゃ、オチる……から。

「そのくらいにしておけ。でなければ主の身に危険が」
「おお、そうだった。すまなかったな」
「あははは。大丈、ぶ……だから」

 イフリティアのおかげで魔道士は落ち着きを取り戻す。
 止めてくれてありがとう。ああ、本当にできた魔人様なことだ。

「おい、ところでもう傷は大丈夫なのか?」
「へ……傷?」

 言われて一瞬『?』マークが浮かびそうになるが、すぐに思い出す。
 そう言えばイフリティアを召喚して、昂った感情のおかげですっかり忘れていたけど、その原因って俺が刺され……
 恐る恐る、俺は腹部に視線を落とす。
 そこには鮮血がベッタリとこびりついた俺のシャツが……

「うわあああああ! 忘れてた、俺腹を刺されたんだった!?」
「な、大丈夫なのか!」

 やばい、血が! 血が!
 スプラッタとかそんなレベルじゃねえ、俺って腹を刺し貫かれていたんだ!?
 やばい、今すぐ治療だ! いや、その前に輸血の準備を!

「って、あれ……言われてみれば痛くない?」

 真っ赤に染まったシャツを見て取り乱してしまったものの、我に返ってみればずっと痛みなんて感じてなかったことを思い出す。
 おかしいな、刺された直後とか確かに気が遠くなるような痛みが走ったし、すぐに血が流れすぎて意識を失いそうに……

「その傷なら、我と誓約を果たした時に治ったではないか。炎とは命の灯火、この再生力も我が『共感強化』の賜物だな」

 純粋なパワーアップに擬似戦闘経験、おまけに再生能力とまで来たら本当に最強だな。
 もう俺って一流の戦士と言っても過言ではないんじゃないだろうか? 九割九分九厘ほど支援の恩恵だけど。

「そうなのか、ありがとうイフリティア」

 とにかく、俺はイフリティアのおかげで勝てたし、生き残ることも出来たってわけか。
 本当にこいつには感謝してもしきれないといった感じだな。

「なに、我は我の使命を果たしたまでだ。では我はそろそろ戻るとしよう。主よ、我が力が必要になったらいつでも呼び出すがいい」
「ああ、また何かあったら頼むよ」

 イフリティアの足元には先ほどの魔方陣の小型版が浮かび上がり、そのままその中に吸い込まれて入った。
 現れたときは仰々しい登場だったけど、帰るときは割りとあっさりしてるのね。

「さてと、後はこいつらをどうするかだな」

 俺は地に伏せたレッドと、積み上げられた残りの四人に目を向ける。さすがにこのまま放置ってわけには行かないし、どうやってお帰り願おうか。
 というか、イフリティアは帰っちゃったけど、こいつらまた暴れだしたりしないよね?

「ん……くっ」

 あれこれ考えているうちにレッドが意識を取り戻したようだ。
 とにかくここは毅然とした態度で挑まねば。へたれ込んでいるところを見られて復讐とかされたら、今度こそ反撃する力も残されてないぞ。

「目が覚めたか? それなら―――」
「殺せ」
「……はい?」

 突然向けられた言葉に俺は呆気にとられる。
 いや、俺としてはただ帰っていただけるだけで大歓迎なんですが、殺せとな?
 むちゃくちゃなヤツだとは思ってたけど、ホント穏やかなヤツじゃねえな。

「殺せ。敗北し、任務を全うできなかった我々にもはや生きる意味などない」
「殺せって…‥嫌だよ、死にたければ勝手に天界に帰って死んでくれ」

 漫画とかゲームでよくあるシチュエーションだとは思ったけど、本当に言うヤツとかいるんだな。驚いたよ。

「情けをかけるつもりか? 我々は敵の情けなど……」
「違うって、勝手に話を進めるな! 俺はただ、お前達が村を襲っていたから戦っただけだ。このままお前達が素直に引くなら追いかけるつもりもないし。そもそも敵だからといって、命まで奪う気なんて最初からないっての」

 少なくとも俺にその気はないし、魔道士や村人の中にもそこまでやろうとする者はいないらしい。
 いい事だ、ここで『全員生きて返すワケには行かない!』とか面倒な展開になったら後味も悪いし、そんなのこっちから御免だね。

「我々を生かしておけば、いずれまた戦うことになるぞ?」
「その時はその時だ、その度にぶん殴って止めてやるさ」

 俺としてはもう顔も見たくないところだが、向こうも軍に所属しているようだし難しいところだろう。
 はあ、どうやら俺はもっと強くならないとダメらしい。そう考えると、少しばかり憂鬱になる。

「貴様は一体何者だ……魔人を召喚、我々を打ち倒したお前は一体何者なんだ?」
「俺か……そうだな」

 改めて宣言するとなると、なんだか照れ臭いものがあるな。
 だがもうここまでやってしまったんだ。いまさら後戻りできやしないし、覚悟だって決めただろ。

「覚えておけ、俺が新たな『魔王』だ。悪の秘密結社『イビルヴェイジョン』の長にして、魔界を統一する大魔王になる男だ!」

 ここで身に纏ったマントをバサっと広げることができたらバッチリなんだけどね。残念ながら俺の服装は、ジーンズに血だらけのシャツ。
 なんか締まらないな……

「大魔王か、面白い男だ……」

 ……あれ、悪の秘密結社はノータッチ?
 まあいいけどね。ホント、気にしてないんだからね。

「今回は完全に我々の敗北だ、勝者のお前の言葉に従おう」

 レッドはゆっくりと立ち上がりながら仲間の元へ向かっていく。そして両手を地につき、仲間達の足元に大きな光の渦を発生させる。
 未だ意識を失った四人のテンシマンモドキ(命名、俺)は、そのまま飲み込まれるように姿を消していった。
 なるほど。あれは武器の取り出しだけじゃなくて、移動用にも使えるってことか。便利だな、ああいうのはリアルでも欲しくなるときってあるよね。

「これだけは教えておいてやる。今後、我らの指令は間違いなく『魔王の抹殺』だ。魔王の存在はそれだけで天界の驚異、お前を狙った刺客も続々送り込まれることだろう。覚悟しておくんだな」

 仲間を送り終えたレッドは最後にそう言い残して、自らもその光の渦の中へ消えていった。早くも次の戦いが確約してしまったことで俺の気は一気に重くなった。
 だが、今回はこれで終わりだろう。俺は無事、村を守りぬくことが出来たようだ。
 今はそれで満足し、束の間の勝利に浸って気を休めよう。

「まさか人間殿が本当に魔王様だったとは。村までお救い下さり、なんとお礼を申し上げていいものか」
「やっぱり兄ちゃんが魔王様だったんだな、オイラ感動しちまった!」

 いつの間にか俺達は村人達に囲まれていて、戦いを見守っていたみんなからの賛称の嵐に包まれる。村人を代表する村長さんは感動のあまりむせび泣き、興奮覚めやらぬといった感じのコウはしゃぎまわっていた。
 まるで英雄を褒め称えるような空気は悪くはないが、正直その対象が自分に向けられるとなると落ち着かない。

「すまないな、お前を完全に巻き込む形になってしまって」
「仕方ないさ。俺が勝手に首を突っ込んだ挙句、なるようになった結果がこれなんだ」

 結局、嫌だ嫌だと言い続けたが、最後は俺自身の意思でこうなったんだ。
 こればかりは文句は言えない。それどころか筋違いってやつだろう。

「そうか、ならばボクとお前は完全に運命共同体だ。共に天界に追われる身として、そして魔界の復興を願う同士として、ボクはお前に本当の名前を明かそう」

 そういいながらずっと被っていたフードを取った。
 今まで誰にも見せようとしなかったくせに、一体どういう心境の変化だろう。

「……え?」

 フードの中から出てきた、真っ直ぐでしなやかな蒼色の髪が、腰まで届き……って、あれ?
 俺と同じ肌色の肌で、少し耳が尖っているところ以外は俺と同じ人間そのもの。まだ幼さの残る整った顔立ちはどこか可愛らしく、それとは対照的に炎のように紅い瞳は凛と真っ直ぐ前を見据え、そこからは揺るぎ無い強い意志を感じる。

「ボクの名前はセニア。セニア・ハーディスだ」

 …………………………はい?
 え? え? ええーっ!?
 セニアと名乗った魔道士の正体は、紛れもなく美少女と呼べるもので。だけど俺はずっと少年だと思っていて。
 あれ? なにがどうなってるの?

「どうした? 間抜け面を下げて?」
「いや……まさかお前が女の子だったのか? ボクって言ってたし、あんな口調していたからずっと男だと思ってたぞ?」
「な……!? し、仕方ないだろ! 正体を隠すためにずっとそうしろと父様に言いつけられていたんだから」

 セニア顔を真っ赤にしながら俯き、両指の人差しをつんつんと合わせている。その可憐に恥じらう姿は、見ているだけで引きこまれそうなくらい破壊力抜群の魅力を醸し出していた。
 うーむ、ボクっ娘か。これはこれでありかもしれない……いや、ありだと断定すべきだ!
 なんてどうでもいい感想を並べて一人盛り上がっていると、周りが静かなことに気がついた。

「そのお姿、そしてハーディスというお名前……まさかあなた様は」

 村長の口火を切ると、村人達がざわめきの声を上げ始める。それはどこか落ち着かない様子で、中には興奮して騒ぎ始めるものもいる。
 ん、なんだ一体? ハーディスって名前はそんな珍しいのか?

「うむ、察しのとおりだ村長。ハーディスとは前魔王の名前、つまりボクは紛れもなく二年前に行方不明になった魔王の一人娘だ」

 ……What? どゆこと?
 なんで二年前に行方不明だった魔王の娘さんがこんなところに? しかも俺を呼び出したりしたの?

「二年前。父様が討たれたあの時、父様は自分の命を顧みずにボクを魔界に転送してくれたんだ。そして一人となったボクは恐怖に震えながらも一人で身を潜めた、誰にも協力は仰げず、誰にも頼れない日々が続いた。魔界の全てを委ねることの出来る次の魔王に出会うまで」

 セニアは遠い目を見るように語る。
 それはセニアの孤独な戦いの日々の出来事。頼る相手は一人もおらず、いつ出会えるかも分からない相手を探し、魔界中を彷徨い続けていたらしい。
 その小さな体で、どれほど辛い体験をしてきたんだろうか?

「でもなんでだ? 魔王の一人娘なら協力者なんてそれこそ大勢いるだろう」
「さっきも言ったとおり、ボクの正体を隠さなければいけなかったんだ。魔王の娘故に」

 魔王の娘だからこそ、臣下に保護してもらって再起を図るために力を蓄える必要があったんじゃないだろうか?
 魔王亡きその時こそ、魔界を一つにする旗印の役割を担ったりしなくてよかったんだろうか。

「魔王の名と力を受け継ぐ者は、魔王の子供の性別によって変わってくる。もし魔王の子供が息子だったときの場合、魔王の力はその子供に自動的に力が受け継がれるようになっている。だが魔王の子供が娘だったときの場合、つまりボクのケースは、ボクが魔王と認め、全てを委ねた者にその力を継承させることが出来るようになっているんだ」

 語られたそれは、この魔界における魔王という名のシステムの全貌。前魔王の名と力を受け継げる者はたった一人というのはわかる。
 だがその受け継ぐシステムこそがセニアを孤独にさせた原因でもあった。

「それはつまり……」
「そう、ボクは誰にも正体を知られてはいけなかったんだ。魔王の力を狙う者はそれこそ魔界にも数多に存在するからな」

 要するに、セニアは娘であったが故に姿を現すことが出来なかったということか。
 息子ならばすぐに魔王の力を受け継ぎ立ち上がることが出来たところを、それが出来なかったからセニアは名も身分も隠し、ただ一人で自分が信頼できる者を探さなければいけなかったんだ。
 それはどれほど途方もなく、肉親を失ったばかりのセニアにとって過酷な旅だったんだろう。

「そしてボクはお前を新たな魔王と認め、封印された魔王の力を受け継ぐ権利をお前に委ねる。さあ、ボクと誓約(エンゲージ)するんだ」

 そしてセニアはようやく見つけた、俺という新たな魔王候補を。
 正直俺にはまだいくつもの不安があった。この先やっていけるのか、果たしてセニアの目的を叶えてあげることが出来るのだろうかと。

「ああ、わかった」

 だけど、俺は逃げたりはしない。
 こんな話を聞いといて、そして俺を信じてくれるセニアを裏切りたくないと思ったから。

「我が名はセニア。誇り高き魔王の家系、ハーディスの名の下に誓約する」

 セニアは俺に向き合い、目と閉じて誓約の言葉を紡ぐ。
 俺も、周りの村人達も、固唾を飲んでその小さく力強い姿を見守った。

「我が願いに応えし者よ、我はその願いと我が魂を持って、汝に誓約の名『魔王』を授ける」

 セニアの身体から発せられる淡い光は、ゆっくりと俺の身体を中心に集まり始めた。そのじんわりと温かな光の帯は、幾重も織り成し俺の身体に溶け込むように流れこむ。
 なんだこれ?
 さっきの猛々しい力を持ったイフリティアの誓約とは違う、なにか温かい力が俺の中に満ちていくようだった。

「これで俺は強くなったりしたのか?」

 程なくして、セニアから発せられた光は消えてゆき、村にまた静寂が訪れた。
 なんか、割りとあっけなく終わっちまったけど、成功したのか?
 確かに俺の中では新しい力がみなぎっている感じはするけど、これが魔界を統べる魔王の力と言われればちょっと信じられない。

「いいや、継承はしかるべき場所で行わなければならない。これは言わば前準備だ」
「前準備?」
「そう、これはボクとお前の誓約の儀式だ。『究極大召喚』でボクは『魔界を一つに出来る、魔王の資格を持つ者』を呼び出し、それに応えて召喚されたお前に『魔王』という誓約の名を贈った。これでお前は名実ともに魔王になり、魔王の魂を受け継ぐ正式な権利を得た」

 ということは今の儀式で俺は、正式にセニアによって呼び出された魔王になったってわけか。
 ってことは、考えて見れば俺って召喚獣扱いじゃね?

「これから宜しく頼むぞ、魔王よ」

 セニアはまっすぐ俺に手を差し出た。その表情はどこか満足気で、俺のことを信頼した笑顔を浮かべていた。

「ああ、わかったよ。俺が出来ることは協力するって約束しちまったからな」

 俺はセニアの手を取る。こんな顔をされては今更文句をいう気も起きない。
 まあいいか、召喚獣でも。このセニアの期待を今更裏切る気にもなれないからな。

「皆の者宴の準備じゃ! 新たな魔王様の誕生と、姫様の生還を存分に祝うのじゃ!」
「うおー、魔王様万歳! セニア様万歳!!」

 事の成り行きを見届けた村人達は、一斉に湧き上がった。
 人々は口々に喜びと歓喜の声を挙げる。もう天界軍に恐れる必要はないと、これで魔界の未来に希望が持てると。
 虐げられていた者達はその辛い日々から開放される未来を喜び、宴の準備を始める。

「……」

 そんな光景を前に、ほんの少しだけこの人達の期待に答えられるのか不安に駆られた。だけど今ここで水をさす訳には行かないし、心の中に留めておこう。

「なに、心配するな。ボクにはわかるぞ、お前が立派な魔王になってくれると」

 俺の気持ちを察してくれたのか、セニアは励ましの言葉をかけてくれる。

「あんまり期待しすぎるなよ、プレッシャーは苦手なんだ」

 まあやってみよう。セニアと二人で、どこまでやれるか分からないけど。
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